5月13日、巨人・坂本勇人はサヨナラホームランを放ち、通算300号を達成した。遡ること15年以上前――プロ入り当初の坂本を取材していた記者が綴る、スターの意外な素顔。

「何本打つか」ではなく、「どこで打つか」の人だ。昔からそうだった。

 5月13日、福井の地方球場。巨人・坂本勇人が放った通算300号は、サヨナラホームランだった。

 ホームラン王を獲ったことは一度もない。それでも、彼には「ここで打ってほしい」という場面で期待を超えてくる、たぐいまれなスター性がある。数字だけでは決して測れない「主役感」。人を喜ばせることが本当に得意なプレーヤーだ。それは昔から一つも変わっていない。

「まるで反抗期のよう…」プロ1年目の坂本

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 ある野球雑誌で10代の坂本を長く取材していた時期があった。彼が背番号「61」の時代。正直に言えば、当時の取材は一筋縄ではいかなかった。自己評価がとにかく低い。インタビューで活躍を褒めても難しい顔をし、機嫌が悪いとそのまま態度に出ていた。活躍の理由を聞いても「別に」としか言わない。まるで反抗期の少年を相手にしているかのような場の空気。取材に同席していた球団広報の方が「申し訳ない……」というような顔で目くばせしてくれたことを覚えている。用意されている、最新号の巻頭特集ページをどうやって埋めていこうか。毎回、こちらの本気度を試されているような対峙の時間でもあった。

 しかし「そんな若武者」をどうしても追いかけたくなったのは、彼が誰よりも「筋を通す男」だったからだ。見えないところで。人情もあった。チームメイトといるときの姿は中学生の男子生徒のように無邪気だった。彼の周りにはいつも人が集まっていた。ある日「ガキ大将キャラでしたか?」と聞いたら「それはマサヒロ(田中将大)のほうね」と、幼馴染の名前を出して、否定された。そういうところも遠慮深くて、不思議な魅力があった。

 1番打者で出場していた頃のエピソードがある。

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