「短期決戦に弱い」とレッテルを貼られていた。ペナントレースでの貢献度を重視し、たとえ調子の悪い選手でも、日本シリーズで使い続けた。苦杯をなめた2003年から10年。再び巡ってきたチャンスで見せた策とは――。

「アイツは日本一になって何年後に亡くなったんだったかな……」

 木漏れ日が射し込む自宅のリビングルームで田淵幸一は星野仙一を偲んだ。盟友が天国に旅立って8年。黒革のソファに腰を落とすと部屋に飾られた数多くの写真が目に入る。家族の記念撮影、阪神でバッテリーを組んだ江夏豊とのツーショット……79年の人生を彩る思い出にあふれ、田淵とともに笑う星野を収めた写真が何枚もある。

「よっしゃ3連勝だ、王手だと思ってね。ところがウチがやられて……あと一歩だったんだけどね。これが勝負の世界なんだと。もしも日本一になっていたら、俺の人生も変わっていたかもしれないよな」

 田淵は苦笑いし、阪神のコーチとして敗れた2003年の日本シリーズを振り返る。最後は敗れたが、この年は闘将、星野監督のリーダーシップに導かれて9月15日に18年ぶりのリーグ優勝を果たしていた。

 田淵は壁に立てたパネルを指さした。

 タテジマのユニフォームを着て抱擁する田淵と星野をかたどったものだ。

「これは夢だったんだ。同じ夢を追ってね。最高の思い出だからもらったの。優勝したときからずっとここに置いてある」

 ふたりが出会ったのはまだ学生の頃で、田淵は法政大の主砲として明治大のエース星野と戦い、プロ入り後は阪神と中日の主力としてしのぎを削ってきた。同い年のふたりは「仙ちゃん」「ブチ」と呼びあい、ウマが合った。このパネルは同じユニフォームを着て優勝するという、積年の思いが結実した証だった。

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