1981年2月のハワイアンオープンで青木功(右)を激励した

1980年に巨人の監督を退任した後、93年に復帰するまで12年間空きました。ユニホームを着ない〝文化系〟の時代ですね。

オリンピックは84年のロサンゼルス、88年のソウル、92年のバルセロナと3大会に行きました。ロサンゼルスは特に暑かったねえ。米大リーグはワールドシリーズ、男子ゴルフは全英オープンやマスターズなど随分、観戦しました。

妻の亜希子と旅行もしました。まずキューバ野球の視察。妻はカトリックでしたから、バチカンでローマ法王、ヨハネ・パウロ2世にお目にかかる栄誉にも浴しました。社会貢献もやりましたね。プロ球界では僕が初めてでしょう。肩書がたくさんできちゃって。

その間、何度も監督就任の要請をいただきました。大洋(現DeNA)、日本ハム、西武にヤクルト…。大洋は親会社(大洋漁業)の中部藤次郎社長が特に熱心でねえ。グラリときましたが、重要な局面で相談に乗ってもらっていた瀬島龍三・伊藤忠商事相談役にお会いする機会があり、「野球だけが人生じゃない。もっと広い世界を勉強してからだって遅くはない」との言葉で、もうしばらく〝文化系〟に専念することにしました。

芸能界とは、現役時代から何人かとご縁がありましたね。仲が良かったのは石原裕次郎さん。対談で知り合ったのかな。それ以来、世田谷区成城の自宅によくお邪魔していました。

82年のワールドシリーズをドジャースのアイク生原・オーナー補佐(左)とともに観戦

プロ5年目を迎える62年の1月には裕次郎、まき子夫妻とニューヨークへ旅行し、昔のヤンキースタジアムも訪ねました。50年以上も前でしょ。現在の球場の、前の前ね。シーズンオフだったけど、中に入れてくれたんですよ。

《長嶋氏が訪れた初代ヤンキースタジアムは23年4月に開場。老朽化のため73年のシーズン終了後にいったん取り壊され、ヤンキースは76年4月に新球場ができるまでメッツの本拠地を間借りした。新球場も2008年限りで閉鎖され、09年から隣に建設された現在の球場に引き継がれた》

裕次郎さん、僕とともに「昭和の三大スター」と言われた美空ひばりちゃんには、対談と食事で2度会ったかな。(14年の)11月10日に亡くなられた高倉健さんとは、20代の頃からお付き合いがありました。(2014年12月12日付紙面に掲載)

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