1979年秋の伊東キャンプで、中畑清(手前)にノックの雨を浴びせる

監督2年目の1976年に初優勝し、翌77年は2連覇。しかし、78年は2位、79年は5位と2年連続で優勝を逃しました。目先のトレードでしのいでも、将来の展望はありません。若手の育成なくして巨人の再建なし、ですよ。

79年の秋、僕が立大時代にやったような猛練習を、若手にやらせることにしました。キャンプ地は静岡県伊東市。舞台の伊東スタジアムは佐倉一(現佐倉)高3年の秋、立大野球部のセレクションを受けた球場です。

《伊東キャンプは秋季練習終了後、10月28日から11月21日まで1、2軍の若手・中堅が参加して実施された。投手は江川卓、西本聖、角三男(現盈男)、鹿取義隆、藤城和明、赤嶺賢勇の6人。野手は山倉和博、笠間雄二、中畑清、篠塚利夫(現和典)、平田薫、山本功児、河埜和正、松本匡史、淡口憲治、中井康之、二宮至、中司得三の12人。18人の平均年齢は23・7歳だった》

3年目を終えた松本には俊足を生かすため、スイッチヒッターをやらせました。左打ちのノルマは1日1000スイング。朝の6時ごろから、泣きながらバットを振っていましたね。守備練習では右に左にノックの雨です。(中畑)清なんか、僕に「うるせー、このやろー」と怒鳴りながら、ボールに向かっていったよね。

打撃指導にも熱が入った。右は中畑

投手陣は毎日300球以上の投げ込みと、腹筋や下半身強化。江川と西本は、捕手が「もう勘弁してくれ」と言うまで競い合って投げていました。

朝は体操をして、本格的な練習は9時ごろから。グラウンドでの練習が終わるのは、夕方でした。その後、5キロほど離れた場所へ移動し、馬場平という起伏の激しい1周800メートルのモトクロス場を走らせました。野手は夕食後に素振りです。

選手たちは「朝になるとまた練習が始まるから、寝るのが怖い」と言っていましたね。あまりのハードさに、マスコミは「地獄のキャンプ」と表現しましたが、故障者は一人も出ませんでしたよ。

あのキャンプで、8、9割くらい成長したかな。打ち上げの日には、僕も馬場平を走りました。当時43歳。選手の誰より、まず監督である僕が夢中だったものね。

(2014年12月10日付紙面に掲載)

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