2026/05/18 NEW
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写真:編集部

FA移籍の“人的補償”として横浜DeNAベイスターズへ加入した古市尊。現在は一軍定着を目指し、ファームで研鑽を積んでいる。かつては野球への情熱を失いかけたこともあった若き捕手は、どのようにしてプロへの道を切り開いたのか。その歩みと素顔に迫った。(取材・文:石塚隆)
プロフィール:古市尊
2002年生まれ、香川県出身。高松南高を卒業後、独立リーグの徳島インディゴソックスで1年間プレー。その後に2021年育成選手ドラフト1位で西武に入団し、プロ2年目の4月に支配下契約を勝ち取った。今年1月には、桑原将志の人的補償でDeNAに移籍している。
「実は野球に冷めていたんです」情熱が薄れた学生時代

横浜DeNAベイスターズの古市尊【写真:編集部】
2002年生まれ、香川県丸亀市出身。横浜DeNAベイスターズの古市尊が野球を始めたのは6歳のときだ。5歳上の兄の後を追うように、自然と野球に打ち込むようになった。
「あと父が少年野球の監督をしていたので、必然的に野球をやるようになりました」
中学生になるといち早く硬球に慣れようと、地元の香川中央リトルシニアに入団。プロになりたいという意識は希薄だったが、甲子園には憧れた。
ここから野球に情熱を捧げる青春譚が古市の口から聞けるのかと思ったが、発した言葉は予想外のものだった。
「そのころ、実は野球に冷めていたんです。父から厳しくいろいろと言われ、気持ちが離れてしまったというか……」
厳しさは期待の表れでもあるが、10代前半の青年の心には大きな負荷がかかることもある。誰しもがある、反発と葛藤を内包した思春期の迷い。古市は「黒歴史ですよ」と笑うが、そういった時間は人生において得てして雌伏のタイミングであり、トンネルを抜けた際には新たな世界が広がることもある。
野球への情熱は薄れていたが、プレーをつづけていた古市は、野球推薦で高松南高に入学する。香川県内では甲子園出場のない高校だったが、古市は2年になると外野手から捕手となりマスクを被るようになった。
何となしに日々を過ごしていたそんな折、古市にとって後の人生における決定的な出来事が起こる。
「もうこれはプロを目指すしかない」古市の人生を変えた“父の一言”

横浜DeNAベイスターズの古市尊【写真:編集部】
「実は高2のとき、進路も決めなければいけない時期だったのでもう野球を辞めようと思っていたんです。そんなとき父から『可能性があるかぎりプロ野球を目指して欲しい』と告げられたんです。そこからですね」
真摯な表情で古市は言った。これまで厳しく接することはあったが、頼み事など一切されたことがない父からの懇願の一言だった。その言葉の重さと想いに、古市の心は震え、血が通った。
「もうこれはプロを目指すしかないって」
そこから目の色が変わった。自分の練習はもちろんのこと、チームは強くなかったため嫌われ役になって仲間たちを鼓舞した。まずは勝たなければ話にならない。
しかし、高校3年生のときは奇しくもコロナ禍の真っただ中であり、試合ができず甲子園が目指せないというジレンマに陥った。
ただ、一度火が点いてしまったハートは抑えきれない。これもまた若者の特権であり青春の熱さ。古市は代替試合やプロ志望高校生合同練習会に参加し、自慢の肩を武器に頭角を現していった。ドラフト会議前には、ある球団から調査書が届いた。
そして期待を込め迎えた2020年のドラフト、古市は残念ながら指名されなかったが、そのときの心境を次のように語る。
「自分のなかでは、行ければいいなってぐらいの感じだったのですが、やっぱりそんな甘い世界じゃない。ただこの経験が、よりプロに行きたいという思いに繋がりました」
古市はその後、大学や社会人野球ではなく、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスに入団し、最短でプロを目指すことになった。
しかし、プロの選手を多く輩出する徳島の一員となった当初、古市はそのレベルの高さに苦しんだ。
「大変だった思い出しかないですよ」独立Lから掴んだNPBへの切符

埼玉西武ライオンズに入団時の古市尊【写真:産経新聞社】
「プロ注目のピッチャーばかりでしたし、最初は捕るのも、ブロッキングで止めるのも精一杯でした。とにかく野球漬けの毎日で、無意識で野球をやっていた感じです。ただ、やって2~3年と決めていたので、モチベーションは高かったです。まあでも苦しかったですし、大変だった思い出しかないですよ」
そう言って苦笑する古市ではあるが、徳島1年目は41試合に出場し、打率.231、出塁率.344をマーク。特筆すべきは盗塁阻止率.571という高アベレージを残したことだろう。
そして2021年のドラフト会議、古市は埼玉西武ライオンズから育成1位で指名を受ける。目論見通り1年で壁を突破し、NPBへ到達した。
「うれしかったですね。やっと行けたなという感じでした」
古市は、感慨深い様子でそう言った。
以来、荒波にもまれながらもプロの世界で着実に成長しつづけている古市。本人は自身を“守備の人”というが、DeNAにおいてはやはりある程度打てなければ活路は見いだせない。
そこで古市は、村田修一二軍監督からアドバイスを受けた。DeNAの方針として、必要なのは打球速度と長打への意識。それまで古市はレベルスイングだったが、村田監督からは上から強く叩くスイングを推奨された。
「春季キャンプでは僕らしい右方向へのバッティングをしていたんです。しかし、コーチから早いカウントは長打を打てるポイントで打ってほしいと言われたので、村田監督に“前のポイントで打ちたい”と相談しました。すると、バットの軌道から変えてみようということになったんです。
実はプロ2年目ぐらいまでは叩きのイメージで振っていたのですが、その後、変化球への対応も含めライン出しのスイングに変わっていったんです。ここでもう一度、上から叩くようになり最初は難しかったのですが、前のポイントで強く引っ張れるようになってきましたし、また角度もついてきていい感触があるので、これを継続していこうと思います」
イースタン・リーグでも5月上旬の地点で3割前後の数字を残しているだけに、打棒にも期待がかかる。
さて、捕手として生きる日々。絶対信頼の扇の要となるべく、古市が心掛けていることは何だろうか。
古市が持つ“素直な人柄”と“思慮深さ”

横浜DeNAベイスターズの古市尊【写真:産経新聞社】
「まずは守備力。そして人間性ですね」
冷静な面持ちで古市は言った。村田監督しかり、チームメイトからの古市のコミュ力の評価は、細部まで目が行き届いていると好意的な声が多い。
「キャッチャーである以上、コミュニケーション能力というのは重要なので、やはり人当たりは大事にしています」
素直な人柄だが、思慮深さも併せ持つ印象が古市にはある。野球は好きですか、と尋ねると、口角を上げ笑顔を見せた。
「好きですね、はい。これまでの経験もそうですし、ベイスターズに来て新しいことが多く感じているので、日々新鮮に過ごせています」
かつては野球に対する想いが希薄になることもあったが、父との絆により奮起し、当時では考えられない道を歩んでいる。紆余曲折があったからこそ古市は、野球は“人生”だと言う。
「現役生活は今しかないですし、いつかは終わるものじゃないですか。これほど熱中できたスポーツはありませんし、やれるときにとことんやっておかないと絶対に後悔すると思うんです。だから楽しむじゃないですけど、それをモチベーションにやっています」
晴れやかな表情で古市は言った。
この取材後、DeNAから正捕手である山本祐大の福岡ソフトバンクホークスへのトレードが発表された。激しい競争は依然としてつづくが、古市にチャンスが広がったことは間違いない。しかし、ここまでの古市の話を聞いていれば、他者がどうこうではなく、自分とチームの勝利にどれだけ近づけるかにフォーカスしていることが分かる。古市は確信を込めて言うのだ。
「あらゆることを想定しながら日々過ごしています。一軍の試合も常にチェックしていますし、いつ呼ばれてもいいように準備をしています。ただ、ファームで経験を積むのも重要だと思いますし、チームの勝利に貢献できるよう、しっかりと守備力や打撃力をレベルアップさせたいと思います」
とにかく野球に対しては真摯で真面目。しかし性格は本人いわく「子どもっぽいですよ。まあ、ふざけながらも楽しく明るくやれるのが、僕の持ち味じゃないっスか」と言い、照れたような笑顔を見せた。なるほど、性格もベイスターズ向きのようだ。
そして5月16日の巨人戦(東京ドーム)、古市は、新天地で初めて一軍に昇格をした。ヒリヒリとした環境でゲームを冷静に俯瞰し、いつでも出場できるように入念な準備をする。果たして古市がチャンスをものにし、どのような輝きを見せてくれるのか興味は尽きない。
(取材・文:石塚隆)
【著者プロフィール】
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/ベースボールチャンネル/etc…。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住
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「もうこれはプロを目指すしかない」DeNA・古市尊の人生を変えた“父の一言”。“野球に冷めていた”学生時代を経て、独立リーグから掴んだNPB切符【コラム】
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【了】
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