人的補償でオリックスから加入も伸び悩んだ2年間

「聞かないほうがいいですよ」。試合後、広島・日高暖己(あつみ)投手の球速を聞きに行った際、スコアラーにそう告げられた。日高は20日に日南・天福球場で行われたセガサミーとの練習試合に登板。しかし、打者5人に対して2安打、1死球、2失点。1イニングを投げ抜くことができず、走者を残し降板となった。身長183センチの体が小さく見えた。

 ドジャースの山本由伸投手と投球フォームが似ていることから「山本由伸2世」と呼ばれてきた。この日のフォームもよく似ていた。投球前、胸の前にグラブをぴたりとセット。左足はほとんど上げずにすり足で踏み出す。テイクバックは小さく、腕の振りは速く。スムーズな体重移動から剛球を投げ込む。日高が高校時代から追い求めているフォームだ。

 グラブの構えからリリースするまでは山本にそっくり。しかし、肝心のボールに全く勢いがない。セガサミー打線に痛打される場面も多く、死球を与えるなど制球にも苦しんだ。「情けないです」。試合後には切り替えを強調していた右腕だったが、最後に弱音がこぼれ出た。

 2024年、FA権を行使してオリックスに移籍した西川龍馬外野手の人的補償で広島に加入した。オリックスでプロ1年目を終えたばかり。当時の春季キャンプで、日高本人も「全く想像していなかったので驚きしかなかったです」と振り返っていた。

 この時の取材ノートを振り返ると、広島への移籍が決まった直後、日高が山本に連絡したと記している。かけられた言葉は「どこであっても野球をすることには変わらない。頑張れよ」。山本の言葉は、気持ちを切り替えて前を向くきっかけの1つになったことだろう。山本への憧れを話す日高の表情は輝いて見えた。

 そこからちょうど2年。日高はまだ1軍マウンドに上がっていない。広島での2年間で残したのは2軍での成績のみ。37試合に登板し、5勝12敗。入団当初は大きかった周囲の期待も、時間の経過とともに次第に薄れていったようにも感じる。

日高の野球人生を変えた山本由伸の投球フォーム

 結果を残せないことで、日高自身も試行錯誤の日々が続いたに違いない。ただ、どれだけ課題が積み上がっても、根本となる投球フォームだけは変えなかった。「肘への負担を考えて今のフォームで投げているので、それ以外で投げることは考えていないですね」と日高が語る裏側には、宮崎・富島高時代に痛めた右肘の影響がある。

 高校生だった日高は、YouTubeで山本が投げる姿を見て、見よう見まねで投げていくうちに、肘の違和感がとれて球威や制球も向上した。それ以来、山本の動画を繰り返し見て、イメージを膨らませ、そのフォームから繰り出す力強いストレートを武器にプロへの扉をこじ開けた。

 183センチ右腕は、投球フォームが山本と似ていることから、「山本由伸2世」と呼ばれ注目を集めた。「ずっと言われすぎてもう慣れました」と笑ったが、野球人生を変えた憧れの人の“名前”で呼ばれることは、日高の励みにもなっているはずだ。

 最近、山本と連絡を取っているかと聞くと「取ろうと思えば取れますけど連絡はしていないですね」と漏らし、「取ろうとも思ってないです」と続けた。おそらく、報告する“手土産”をずっと準備できていないことも理由の一つだろう。

 山本と日高の2人が、オリックスのユニホームでプレーした期間はわずか1年だが、エースとの貴重な時間は脳裏に焼き付いている。広島に移籍した2024年の春季キャンプ、日高は「由伸さんは全てにおいてすごい投手です」と羨望の眼差しを浮かべていた。

 本人は右肘の影響を一番の理由にあげたが、“変えない”投球フォームには、山本への思いも込められているはずだ。1イニングも投げきれずに降板したセガサミーとの練習試合。日高の名前がアナウンスされると、天福球場は大きな拍手に包まれた。ファンも右腕の覚醒を信じて待ち続けている。

 試合後にスコアラーから聞いた球速は、「山本由伸2世」にはふさわしくない。瓜二つと言っても過言ではない投球フォームに欠けている“モノ”が見つかったとき、自ずとプロ初の1軍マウンドにも近づいているはずだ。

(真田一平 / Ippei Sanada)


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