【前編】夢を語れ~カピバラと愉快な仲間たち~ パーソナリティ 元広島東洋カープ今村猛さん ゲスト浦 伸嘉社長 11月24日放送分
夢を語れカピパラと愉快な仲間たちどんなに描いたが遠くても こんばんは。パーソナリティの元広島東洋カープ今村た武尊です。そして頼れる子の方 こんばんは。西田しひです。どうぞよろしくお願いいたします。 お願いします。西田さん。 はい。今日のゲストは うん。 広島をすごく盛り上げてらっしゃる方ですね。 来ていただいてます。 はい。 株式会社広島フライズ社長浦信吉さん、よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 夢を語れは昨年出ていただきましたよね。 そうですね。はい。 はい。ですから2 回目ということになりますけども。 ありがとうございます。 今村さんのお会いしたことは? あ、僕多分あると思いますよ。どっかではい。 ご愛してご挨拶だけはしたかなっていう。はい。 そうですか。どうご挨拶だと思います。 あ、本当ですか?どういう印象ですか?今村さんの印象。 やっぱり、ま、カープらしいっていうかはい。こうやっぱり地方にあるクラブなんで はい。 我々も同じキーワードでやってます。屈しない魂 そういうのを カーブさんと一緒に連携してやらせていただいまさしくそのような魂を感じるようなあの今村さんだったんじゃないかなっていう印象はありますけど ねえ。 じゃあ今日さんたくさん色お話聞かせてください。 はい、よろしくお願いします。 願いします。 この番組は 感動がここに集まる場所リーライブハウス。 世界の魚上から日本の食卓へ丸食品。未来の子供たちに誇れる仕事を株式会社田タ工業の提供でお送りします。 今週のゲストは株式会社広島フライズ社長浦さんです。浦さんよろしくお願いします。 はい、 よろしくお願いします。 はい。え、まずですね、浦社長の色々な、ま、こういう方なんですよというのをラジオ聞いてる方にしていただこうかなと思うんですけども。 村社長は元々は選手だったんですか? あ、そうですね。元々はあのバスケをプレイヤーとして、 え、やっておりまして うん。はい。 ま、あの、簡単にご紹介します。ちょっと自分自身で言うのもあれなんですが、あの、一応広島県初のプロバスケットボール選手ということで、 え、 県初の、 そうなんですよ。 ええ、すごいじゃないですか。 いやいや、それがすごくかどうかして一応もうはい。約 20年前ぐらいの話ですけども。 へえ。 はい。 え、でもじゃあそれまではね、あの、広島県にはいなかったわけじゃないですか? そうですね。その当時、あの、今は Bリーグっていうリーグが誕生して はい。10、 10年経ってるんですが はい。 その当時、あの、BJ リーグっていうリーグとですね うん。 あの、NBLっていう2 つのリーグがありまして はい。 で、わた、あの、私はその BJ リーグっていうそのプロリーグの方にですね。 うん。 あの、所属してまして、それがあの、ま、広島県で今までいなかったっていうかはい。 BJ リーグの誕生と共にプロ選手に鳴らしていただいたんではい。 ま、そういう経歴になった感じですけど。 ええ。どうですか?そのプロのバスケットボール選手っていうのはこう自覚とかっていうのはどういうところで出てくるもんですか? いや、あの、そのうん、野球とま、カブさんとか、ま、やっぱ歴史が長いと思うんですよ。 プロ焼きの歴史が で、バスケのあのプロはね、本当短くて、その僕がちっちゃい頃とか学生の頃はその目指す先にプロみたいなことはなかったんですね。 ああ、はあ、は。 一応実業団のあのリーグあったんですけど、ま、プロチームじゃなくてなんかプロ契約してる人はその当時に何人かいたみたいなところで組織としてプロじゃなかったんですよ。 うん。うん。うん。 なのでなんかこう今のあの若い子供たちと違ってなんか何かそのプロを目指してやってるっていうことではなかったんでやっぱりこうまモチベーションとかその練習への熱みたいなとこ多分今よりもあってまもちろん一生懸命やってましたけども うん。 ま、ゴールのないやぱ走ってるようなそんな感じですかね。 ああね。そうか。ま、一応じゃあ形としてはプロでのだったけども はい。 ま、例えばリーグとか、ま、それこそお客さんの数とか はい。 そういったところで言うと、ま、今と比較するとなかなか いや、もう全然規模は全然違いますね。はい。もう もうプロって言いながらものすごく発球でやってましたし。 ああ、そうなんですね。 はい。ま、でもそういう経験をさせていただいたっていうのは非常に今となって大きかったかなと思いますけど。 なるほどね。ま、そういったことも経験しながら経営者に今度はなるわけじゃないですか。 はい。はい。はい。引退して はい。 ここの経営者っていう選択っていうのは ご自身の中でもうこれだって思って、これしかないと思ってっていうことなんですか? あ、そうですね。それあの、ま、 1つきっかけがあったんですけども、 ま、256歳の時にその新潟アレベ X っていうチームにいてですね、あの、プロで で、その後などうし、何をしかなと思って、ま、プロを続けるか何をしようか、ちょっと迷ってですね。 うん。 で、とりあえずちょっとバスケットボールのメッカのアメリカに行ってみようと思って、 ちょっと杖を使ってアメリカに 3 週間のなんかプログラムみたいなところで、ま、あの、プレイヤーとして練習も参加しましたし、カレジの試合見たりとかプロの試合見たりとか、ま、いろんな体験をしたんですね。 はい。 で、そん時にあのすごく感じたのが 2つあってですね。ま、 1 つはもう圧倒的にあのレベルが高いっていうか、ま、想定はしましたけども思った以上にむちゃくちゃレベルの高さを感じてですね。 はい。 あ、これもうプレイヤーこっからやってもなんかもうこの世界観点無理だなっていうか はい。 あの、ま、リソースプレイヤーリソースのレベルの高さをすごく感じたんですね。 はい。 で、もう1 つ逆に感じたのがプレイヤーじゃなくてですね、マネージメントとかコーチングとかピーーチングの分野は、あ、これ日本人の方が向いてるんじゃないかなと思ったんですよ。 うん。うん。ま、間に入って物事を まとめるとか、ま、日本のビジネスに、ま 、視聴者さんと活躍されてますけども、 なんかこう調整能力とか、あとま、その先 を読む力とか配慮とかなんかこう和を作る とかですね、なんかこう団体競技とかその 組織力を発揮させるのはその日本人の方が 上手なんじゃないのかなっていうことを その時 合わせて感じたので、あの、プレイヤーを もうそん時に、あ、これもうプレイヤーと して無理なんでやめてマネージ 側にあの映ろうと思ったらその決意したらそういうアメリカに行ったきっかけがありますね。 あ、なるほどなるほどね。 いや、今村さんもね、あのチームの選手とか、ま、海外とかもね、日本代表にもなね、ご経験もありますので、そういったところで今やってる自分たちのプレイとその海外の選手たちのプレイってやっぱ違いってのは感じますか?やってて。 そうですね。 うん。 今現在の野球で言うともう引きは取ってないと思いますけどやっぱりその南米系の選手だったりとかは本当体が大きくてフィジカルが強いでスキルはと言われると日本のが高いというか ああ を感じてはいましたね当時はい さんがそのアメリカ行かれた時にさっきねプレーのというところの話もありましたけどやっぱりスピードが違うそれともこうなんて言うんでしょうというかその辺りが違うも 全てにおいていろんな違いを感じた。 ま、全てにおいて違いましたね。やっぱりまだまだその日本はマイナーな競技でしたし、ずっと うん。うん。うん。 やっぱその基盤が違うっていうかシステムも違いますしう。 はい。やっぱうん。ま、ま、アメリカっていう国が、ま、そのバスケットの発症の地でもあったんで うん。うん。 はい。ま、おそらくですけどイメージ的には 100 年前の日本の野球の感じなんじゃないかなと思ってね。 ああ、 そんなに違うを感じるわけですね。 あ、多分ベイブルが来て、おわ、すげえなみたいな。 ああ、 それが日本の20 年前ぐらいの圧倒的に違うなみたいな。 なるほどね。 すごいですね。それ ね。でもそこから、ま、例えば今すごくバスケットボール人気で子供たちもね、リーグに入って代表選手もなりたいと思う選手も増えてきた。 この歴史というかその辺りこうずっと 浦さんはこう見てきてるわけじゃないですか? はい。はい。 それどういう風に感じます?今をこの歴史を含めて見てきて。 そうですね。やはり1番大きいのはこのB リーグが誕生したっていう10 年前にですね。 うん。 あの、ま、サッカーを作られた川渕さんが B リーグを出しに立ち上げていただいたんですけども、 ま、川渕さんがその当時あのソフトバンクのスポンサーにご依頼して、今 Bリーグのうん、 あのリーグのスポンサーはソフトバンクさんなんですけど はい。 はい。ま、その川口さんと孫さんがタックを組んでいただいて B リーグを誕生日していただいたんですけど、 もうそこが一番大きなあの点かなって。 うん。やっぱりこうリーグがしっかりとし た枠組の中でクラブの成長だったり選手の 成長を促して結果今のこの日本のレベルが あのオリンピック出たりとか繋がるんです があやっぱりそのプロリーグとしての基盤 がしっかりできたっていうのが今の発展の 勢だと思いますんでね でもその当時っていうのはま報道 ね見てましたけどもあんまりこう最初から うまくていう感じじゃなかったじゃない ですか もちろん衝突もあったり意見の違いもあったりていうこともありましたよね。 はい。はい。はい。そうしたことですね。はい。 ですからその辺りも浦さんは見てこられたわけじゃないですか? はい。 大変だった部分も。 はい。そうですね。 ね。それ考えるとこの人気って本当ちょっと涙が出るぐらい嬉しいんじゃないかなと思うんですけど。 いや、おっしゃる通りでございまして。 なんかはい。今までこう、ま、ちっちゃい 頃が、ま、頃から、ま、バスケットに 関わってきて、あの、いつの日かは、あの 、そうなりたいなと思ってましたけども、 やはりこう1人の力が何ともできなくて、 やっぱそ、そうやってBができて、 それぞれのクラブ発展してきてとこになっ てるんです。ま、非常に本当にこう、ま、 まだまだですけど、今から本格的に ようやくなんて言うんですかね、こう メジャスポーツの入り口まで来たなって いう、まだマイナーだ、マイナーだと思っ ててですね。はい。 やっぱりこうプレイキさんと、ま、 J リーグさんの後にできて、ま、なんとかそこにこうき早く追いつきたいなってで、ようやくその雰囲気があの、できてきてるってところなんですけど、でも、ま、今は全く違う世界観なんでですね。 うん。 はい。おしるにもう涙がベぐらい嬉しいですし ね。でも今後も楽しみもありますよね。まだまだ伸びるぞというね。 そうですね。はい。なんでここまで行きたチャンスをやっぱり生かしたいなという風に今思ってますね。 ね。はい。 さあ、まだまだお話を伺いたいと思いますけども、ここで曲を 1局挟みたいと思います。 はい。 創業以来50 年間丸食品は世界の漁場から日本の食卓へプロの目で厳選された良室の魚介たちをお届けしています。高いレベルの衛生管理で安全安心。丸系食品。 福山市最大級のイベント空間レモンツリー ライブハウスが誕生はもちろん企業 やスポーツ感染イベント差し出し利用も OK最新の音響と証明設備で感動の一時を 演出音楽が届い人がつがるレモンツリー ライブハウス 未来の子供たちへ誇れる仕事株式会社高森 工業高い品質と安全施工 で優しい生活環境作りを 30 年。これまでもこれから先も信頼できる地域の仕事し、株式会社高森工業。 それでは引き続き会社広島フライズ社長浦信さんお願いします。 はい、よろしくします。 はい。 え、経営者にね、なってというところのお話をここから伺おうかと思うんですけども、どうでしょう?ここまでその広島フライズをこうね、育ててこられた浦さん。 うん。 はい。 大変だったこととかなんかあったりします?もちろん喜びもたくさんあるとは思うんですけど。 ま、そうですね。本当大変だとたくさんありますね。ま、色々大変なんです。 大きく言うと、まあ 2つあるとしたらですね、ま、 1 つはやっぱり、あの、僕が引き受けたのがクラブができて 3シーズン、あ、2年が経った後の3 年目から受けてるんですけども はい。はい。 はい。3年目から今10 年が経過したんですが、そのやはりクラブの出出しって本当にあの大変で、ま、お金もなくてですね、その Pリーグになる前の2 年がすごくあの財務的には大変で僕は引き受けた時にもうあの財務釣感も 1億円以上あってですね。 へえ。 はい。ま、赤字も2 億円以上あって、ま、そこをなんとかこう立て直すっていうのを、ま、やってきたんですけど、ま、そこは本当に大変でしたね。 やっぱり本当にあの手の元にキャッシュがないというかですね。 あ、え、でもその状況の中で依頼があって分かりました。やりましょうっていう風に引き受けたわけじゃないですか。 あ、そうですね。はい。 その決断っていうのはどんな思い出の決断なんですか? ま、それはですね、その後アメリカ行った後にあの、ま、スポーツマネージメントの会社を起業したんですね、 個人で。 で、その時に、ま、いろんなあのことを、ま、今でういエージェントの仕事みたいなことやってたり、アカデミーやったり、あの、ショックやったりやってたんですけども、その時に、ま、アカデミーに関して、ま、教室とかあの家教師とかいろんなことやってたんですよ。コーチングのところですね。 はい。 で、その時に結構あの、いい成績っていうか、あの、日本一の得点を出した選手を全国大会で作ったりですね。うん。 ま、簡単に言うとただ更新でホームラウンになるみたいな。 ああ、はい。 ま、そういうのをあの排出したりしてたんですけど、ただなんて言うんですかね、客観的に見た時にやっぱバスケットの価値が非常にま、高くなくて、 その なんて言うんでしょう?そこの現場のその日本で 1 番の価値が、ま、野球サッカーさんに比べて全然高くないことを感じて うん。 で、やぱそれはそのそもそもその環境のを整えないとこれ何やってもダメだなと思ってたんですね。 あ、 で、その時にB リーグできるっていうことになって、で、その、ま、ソースマネージやってる人はいないんで多分、ま、もちろんそういうさっきの財務条件誰も引き受けないだから最後に声かかったと思うんですけど うん。 Bリできるっていうことでやっぱりこう JリーグさんとかあのNPP さんのようにやっと発展していくだろうなっていうのと、 ま、あとはやっぱりその価値観を上げないとこれ自分のやってることがなかなかこう拡張していかないなっていうのがあったんで はい。 で、ま、仮にこれその、ま、自分が引き受けてもう潰れちゃったら、ま、それはまあしょうがないなと。 うん。うん。うん。うん。 うん。ま、後悔しないなっていうか自分でやったんで うん。うん。 ねていうのがあって、ま、やるならもう自分でもうノールもソルも自分次第だなっていうことで。 そうね。 はい。 うん。 きだ。 じゃ、まずは何に手をつけていったんですか? まずはですね、あの、知っていただく認知活動っていうかですね、まずはそこですね。もう誰も知らないんです。 ああ。 はい。あの、まし、なんか中にいるとい、もちろんあの、ファンの方とか、ま、メディアの方とかいろんなところで、ま、多少ないとも、あの、あるんですけど、でもやっぱり基本に客観的には、ま、ま、誰も知らない人いっていう うん。 まずその知ってもらわないとですね、始まらないっていうことで、ま、特にあの力入れたのが、ま、メディアさんとのリレーションとあとその、ま、行政さんですね。ま、県とかあの区とか そういう、ま、簡単に言うとやはり皆さんその行政に登録してると思うんですよ。役所とか市役所に用だって はい。 で、そういうところの、あの、やっぱりこの国の根定っていうか、そういうところに応援していただくってのなると、やっぱりあの市民県民の方々はなんて言うんですか?安心するっていうか、あ、このクラブ、広島クラブっていうのは、ま、ちゃんとしてるっていうか安心にできるなってことになると思うんですね。 で、それが、ま、例えばテレビとかこう、ラジオとかにさせていただくとやっぱり、あ、やっぱちゃんとしてるからそこに行動があるんだなとか、あの、そ、あの、映るんだなと思うと思うんで、 やっぱりこう安心感で、あ、ちゃんとしてるなっていう、ま、うん。はい。 まずその知ってもらいながらも安心して応援できるなっと思っていただく、ま、信頼感をですね、ないと なかなかつまないなと思ったんで、ま、そういうとこにすごい力を 入れて少しずつこうみんなに知っていただいたっていうのが、ま、出し ああ、 あの、最も地でたとこですね。 そういうことになるとやっぱりその、ま、広島という地に住んでらっしゃる方に応援していただくっていうためにいろんな行動であったり活動であったりとこともされたわけですよね。 おしゃれ通りですね。はい。そうです。 地域との、ま、関係作りというか、 ま、おっしゃる通りですね。まずなので、あの、今でもあの、カープさんには応援していただいてるんですけども はい。はい。 はい。やっぱりカープさん、ま、もう広島って言ったらもう本当にカープ王国っていうか、あの、まさんに言うと 95%の人が応援してる。 はい。はい。 はい。 あの、ま、そのカープさんにドローンフライズも頑張っとるから、ちょっとみんなで応援しようって言っていただくと、それみんな応援してると思う。 なるほどね。 はい。なので、ま、別にその、そのためにやったわけじゃないんですけど、ま、まずそういうカプさんにも定期的にき報告しに行ってですね、ま、こういう状況レートみたいなのを、ま、手出しからこやらさせていただいたりとか。 はい。 はい。 うん。 あの、スポンサーさんに関してはどうでした?やっぱり皆さん最初はなかなか知ってもらってない部分もあったところからのスタートだったわけですよね。 あ、そうです。だからその当時はやっぱりそのある意味お願いします的なもう広島にあるクラブなんでなんとかあのご支援っていうかですね返せるものがないんでですね。うん。うん。 あの、ファンも観客も少ないような感じでやっぱもう広島であので、一生懸命やってるんでっていうことでしかなかなか応援していただけない。 ま、それ当然だと思うんですけど、その 当時はだからやっぱりそういうところで あの広島のためになんとか頑張りますんで お話しか、ま、逆にできなかったっていう か、ま、その当時からやっぱ応援して いただいてるスポンサーさんにもう今でも 本当にやっぱり感謝申し上げたいなって いうか、その時にやっぱいただいたおかげ で今あるんでね。なるほどね。はい。そう ですね。 ですから本当我々が知らないところでいろんなね、あの努力もされながら大変だったことを乗り越えてのま、今がというところでもあるとね。 で、これカープの話も出たりしますけども、そうなると、ま、広島ドラゴンフライズと今村さんが無関係ではないということですもんね。はい。そうですね。はい。 無理やり結びつけてしまいましたけど。そうです。 そういうことでしょ、今村さん。 はい。もうありがとうございます。うん。 で、あの、ちょっと2つ目、さっき2 つちょっと2 つ目やっぱコロナが大変だったですね。 はい。ああ、そっか。か、 お客様がない。 はい。普通に見に来てくださいって言えない状況になったわけですもんね。 そうです。そうです。なんかあの、さっきの話、ま、体を張ったりっていうか、なんか努力は今までできたんですけど、コロナの時はもう初めてなんか努力できないっていうかですね。 そうか。仕様がないというね。 はい。初めてなんかその なんて言うんですかね。どうしようもならない状況になったんで うん。うん。 それまではどんだけ苦しくてもなんかこう行動を起こせますんで はい。 うん。 はい。なんとかこうなんか自分たちま、努力さえすればなんとかなるっていうか うん。うん。うん。うん。 でも努力すればできない状況になったな。あ、これちょっとどうしようもないなっていうのは、ま、コロナの時期だったのかなっていうのが大変だったね。 へえ。 いや、ま、そういう本当にね、ご苦労されながらというところなんでね、我々今日この話聞いたからもう本当ね、あの、皆さんに感謝をしながら次はドラゴンフライズの試合みたいな。 本当ですね。本当にもう そうです。ありがとうございます。 ね。はい。さあ、まだまだお話をお伺いしたいので、え、来週もまた裏社長にはご視聴いただこうかと思います。 はい。 はい。 視聴ありがとうございました。 ありがとうございました。 また来週もお願いします。 はい、よろしくお願いします。 番組ではこの放送の着逃し配信を YouTubeで配信してます。@マク 夢語で検索してください。コメントもお 待ちしております。それではまた来週お 楽しみに。 この番組は 感動がここに集まる場所。レモンツリー ライブハウス。世界の漁場から日本の食卓 へ丸食品株式会社。未来の子供たちに 誇れる仕事を株式会社工業の提供でお送り しました。
◆本日の概要◆
ゲストは株式会社 広島ドラゴンフライズの浦 伸嘉社長です!
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●あなたには、叶えたい夢がありますか?●
この動画では、スポーツ選手をはじめ著名な方などをゲストにお迎えし語り合う番組です。
番組へのお便りもお待ちしています!
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◆浦 伸嘉社長オススメの1曲◆
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