巨人で通算180勝をマークした斎藤雅樹氏。じつは1年目は目覚ましい活躍がなく、野手転向プランが浮上する。

読売ジャイアンツ・読売巨人軍Photo:sirabee編集部

元読売ジャイアンツ投手の斎藤雅樹氏が25日、YouTube『江川卓のたかされ』に出演。野手転向プランがあったことを明かした。

【今回の動画】藤田氏の一言でサイドスローに

■1年目から転向プラン浮上

サイドスローからのキレのある速球と変化球を武器に、通算180勝、最優秀防御率3回、最多勝5回、沢村賞3回、11試合連続完投勝利など、巨人のエースとして輝かしい成績を残した斎藤氏。

じつはドラフト1位で入団後、投手として目覚ましい活躍がなく、オーバースローだったが球威に課題を抱えていた。一方で、バッティングと守備の評価が高く、1年目から野手転向プランが浮上。斎藤氏も「もう野手になろう」と思っていたと振り返る。

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■藤田氏の指示で投げたら…

そんな状況が一変したのが、入団1年目の7月だった。当時1軍監督だった藤田元司氏が、異例にも2軍の練習を視察に訪れる。

練習をしていた斎藤氏に対し、投手出身の藤田氏は「ちょっと腕下げてごらん」と指示。言われるがままに腕を下げてサイドスロー気味に投げたところ、カーブが「めちゃめちゃ曲がった」という。

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■練習への不満も溜まっていた

当時、投手練習と並行してバッティング練習も強いられており、その多忙さから「なんで俺だけこんなに練習いっぱいやんなきゃいけねえんだ」と不満が溜まっていた。最終的に、この藤田氏の一言と、練習への不満が爆発したことがきっかけとなり、「サイドの投げ方1本でいこう」という決断に至ったと説明。

藤田氏の視察は「サイドスローにさせるため」だったと推測しており、この転向こそが、自身のターニングポイントになったと語った。

藤田氏の一言が、球界屈指のエースを誕生させたとは、筆者も驚きだ。挫折寸前からの大成功は、多くの人にとって勇気づけられる話。自分に合うスタイルを見つけることの重要性を改めて教えてくれる、野球史に残る貴重な裏話だった。

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