11月12日放送のライオンズエクスプレスでは、前日に引き続き埼玉西武ライオンズの渡部聖弥選手にインタビューした模様を放送した。怪我明けから後半戦にかけての心境を訊いた。
――ベース周辺のプレーで、一度ならず二度までも足首を痛めてファームに行きました。特に二度目の左足首痛は一軍復帰まで1ヶ月を要しました。どのような心境だったのですか?
渡部「一度目が早めに治って、その気持ちでいたので二度目も早く治るものだと思っていました。離脱するのが嫌だったので『すぐ治します』と言って、このぐらいの痛みだったらいけますという感じではありました。少しひねってしまったのですが、それがクセになるというか、普通に走ったときとかでも、まっすぐ走る分には大丈夫なのですが、曲がるときや体勢を崩したときに痛みが出るのが長続きしてしまって、そこで大事をとってというところもありました。監督から『完璧にプレーができるまで』というふうには言ってもらって結構長くなりました」
――復帰したのが、交流戦終了後のリーグ戦再開のタイミングでした。最初の試合(6月27日、対日本ハム9回戦)で鮮やかなホームラン打った後、長い間苦しんでいるように見えましたが、実際あの頃何があったのですか?
渡部「復帰当初はすごく状態がよく、伊藤大海投手から高めのボールを打ってホームランにしたのですが、やや高めの真ん中から少し外寄りぐらいのボールを巻き込んだ形で打ったホームランでした。あのホームランを久しぶりに打ってしまったがために、あのホームランを欲しがるような、特に外のボールを開いて、ああいった打球を欲しがるような姿勢というか体になってしまって、それがなかなか抜けませんでした。変化球でずらされることも多いので、外を引っ掛けてショートゴロとかセカンドゴロが格段に多くなりました」
――8月17日、京セラドームでのバファローズ戦(19回戦)でベンチスタートとなって、延長戦からの出場となり、ゲームに出ながら打席に立てず終わった初めての1日がありました。その次のゲームから最終戦までずっと出続けましたが、ノーヒットのゲームが格段に減りましたね?
渡部「考え方もあると思います。最近特に思う考え方があって、自分を機械だと思うというか、イメージは100打席あったら30本ヒットが打てる機械という感じです。1打席目、2打席目、3打席目にヒットが出なかったからといって落ち込んだり、何かをいつもと変えるということをすることによって、平常心を保ってしっかり粘るところを粘って打てば30本打てるのに、感情的になったり、やるべきことをやれなかったりすると、それがどんどん減ってくると思います。本来だったら30本打てるのに25本、20本になってしまうのは感情が邪魔したり、やるべきことが見えていなかったりということが繋がってくると思っていて、だからこそ1、2打席打てない日だって、4打席目も打てない日だってあるし、逆に5打席目にヒットが出るかもしれないという思考で、ぶれず、変えず、平常心を保ってやっていかないと、という気持ちになりました。思っていてもなかなかシーズン中、特に中盤戦とかはやはり悔しいし、打ちたかったと思う気持ちが強かったので、なかなかそういう思考にたどり着けなかったのですが、後半に入ってそういった気持ちを保てるようになったというのは成長かなと思います」
※インタビュアー:文化放送・斉藤一美アナウンサー

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