契約更改後に起きたセカンドバッグ事件。西崎幸広氏によれば、球団への「アピール」だったと言い…。

元日本ハムファイターズ(現・北海道日本ハムファイターズ)の西崎幸広氏が11日、『プロ野球 レジェン堂』(BSフジ)に出演。“セカンドバッグ事件”の真相を打ち明けた。
■5年連続2桁勝利
西崎氏は1年目の1987年、15勝7敗176奪三振、防御率2.89をマーク。翌年も15勝を挙げ最多勝を獲得した。
そこから89年16勝、90年12勝、91年10勝と勝ち星を重ね、5年連続2桁勝利を記録。当時流行していたトレンディドラマになぞらえ「トレンディエース」と呼ばれるようになり、女性人気も高かった。
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■セカンドバッグを投げた?
そんな人気・実力を兼ね備えた西崎氏だが、日本ハムからの評価は低く、91年オフの1回目の契約更改交渉後にブチギレ。記者が集まる会見場で、持っていたセカンドバッグを“投げた”ことが話題になった。
しかし、西崎氏によれば「セカンドバッグを投げたと言われるんですけど、俺は投げてないと思っている。…叩きつけただけ」とのこと。「投げたのは1つ下の武田(一浩)。あれが投げた(笑)」と明かした。
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■投手陣で「1回目サインするのやめよう」
さらに裏話は続き、「当時、日本ハムのピッチャー陣の査定が低すぎるということで、『1回目、全員サインするのやめよう』」と投手陣で決めていたと告白。
「それでいきなりダウン提示だった。その前の年よりも数字が落ちてるからダウンって言われて。2桁勝ってるんですよ?」と西崎氏は納得がいかず、あの行動に出たと説明する。決してその場で感情的になったわけではなく、球団への「アピール」だったとし、結果2回目の交渉で年俸アップを勝ち取ったと振り返った。
査定への不満と仲間との連携プレーが、後にユーモラスな逸話として語り継がれるのが面白い。西崎氏らのアピール戦略は見事と筆者は感じた。
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■執筆者プロフィール
荒井どんぐり。都内在住のwebライター。記事対象はエンタメや野球中心。テレビ、YouTube、お笑いをほぼ1日約15時間以上チェックし、ネットで話題を呼んでいる事柄を深堀りする。年間執筆本数は1000本以上。
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(文/Sirabee 編集部・荒井どんぐり)

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