レギュラー1年目の82年に優勝し、近藤貞雄監督を胴上げ
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 自分の中で巨人と優勝争いをした記憶はない。向こうが勝手に転んでくれた感じ。追い風も吹き、マジック7で迎えた10月7日の阪神戦(甲子園)は「結果オーライ」に恵まれた。

 阪神の先発は左腕の藤原仁(まさし)。先頭の田尾安志さんがストレートの四球で出塁。三塁ベースコーチの高木守道さんのサインを見ると、あれ?ヒットエンドランだ。珍しいなと思いながら、打ちにいった。

 ちょっと抜かれ、泳ぎ気味でバットを出したらレフトへのフライ。「ああ、やっちゃったよ」と天を仰いで走り出すと、打球は甲子園特有の浜風に乗ってラッキーゾーンへ。先制の2ランホームランとなった。

 喜んで一塁を回ろうとした時に一塁ベースコーチの井手峻(たかし)さんから「バントだぞ!」と言われた。右打席だから一塁走者が見える。そう言えば、田尾さんは走っていなかった。

 サインの見間違いだ。笑ってる場合じゃない。ブスッとした表情でダイヤモンドを一周。ベンチに戻ったら星野仙一さんに「喜べ!」と頭をはたかれた。

 この後、谷沢健一さんにも一発が出て初回に3点先制。都裕次郎がこのリードを守り切る1失点完投でマジック6。8試合を残す中日に対し、あと1試合しか残っていない巨人にプレッシャーをかけた。

 巨人は最終戦を落とし、マジック5。そこから中日も3敗してもたつき、優勝決定は18日の最終戦、大洋(現DeNA)戦(横浜)に持ち込まれた。

 負けたら巨人の優勝。大一番を前に近藤監督が「緊張するなと言っても無理だろう。飲んでもいいぞ」と言って、食堂にビールの小瓶が用意された。アルコールには弱いが、高ぶりを抑えるために1本飲んだ。みんな飲んだと思っていたら、飲んだのは僕だけだった。

 セ・リーグの首位打者争いも絡んだ一戦。打率・3501の田尾さんが・351の大洋・長崎慶一(当時の登録名は啓二)さんに迫っていた。ところが、大洋は長崎さんを試合に出さず、田尾さんは5打席連続敬遠。勝負を避けた。

 1番打者を無条件に出塁させてもらった中日は8点を奪い、投げては小松辰雄が2安打完封。8年ぶり3度目のリーグ優勝を果たした。

 64勝47敗19分け。勝利数は66勝50敗14分けの巨人より少なかったが、引き分け19が物を言って、勝率・577は巨人の・569を上回った。

 レギュラー1年目で優勝、しかも最終戦で決めるという凄い感激があったはずだが、1年間試合に出続けることができたという達成感と解放感の方が大きかった。

 ところで、例の先制ホームラン。後で聞いた話だが、近藤監督は「あの平野のサイン間違いのホームランで優勝できると思った」そうだ。

 ◇平野 謙(ひらの・けん)1955年(昭30)6月20日生まれ、名古屋市出身の70歳。名古屋商大から77年ドラフト外で中日入団。88年に西武、94年にロッテ移籍。右投げ両打ち。俊足強肩の外野手として活躍する。ゴールデングラブ賞9回。盗塁王1回。歴代2位の通算451犠打。引退後はロッテ、日本ハム、中日、社会人、独立リーグなどで指導を続ける。現在はクラブチーム、山岸ロジスターズ監督。

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