【引退】 阪神タイガース 岩田稔 引退セレモニー 2021/10/26 阪神 vs. 中日 25回戦 @甲子園 終了後
皆様のごをして [拍手] そして甲子園ではこの後岩田選手の引退セレモニーが行われます。は [音楽] エリアごに自会場を実施いたします。 さて今日は試合前にま、球場に入った岩田投手。 本当に虎筋 16年間 2006 年からプレイをしました平岩田投手です。 まあ、是非僕にもビールかけをというお話がありましたが、今度は日本一を目指してということになりますね。 そうですね。 はい。ま、 CSを楽しみにしときましょう。 そうですね。まずは CSですね。 レインで記念撮影 で、今日は実はゲーム前に、え、岩田投手と岩田同手のお子さんたちでファーストピッチが行われました。 が同子園でキャッチャーをするのは初めてかもしれません。 え、ピッチャーは岩田光台とバッター岩田美木さん、そして審判が岩田直美さんでキャッチャーは五藤さん岩田み投手がね、受けたということでいいボール投げましたね。またね。 投げましたよね。 え、 なんかいつも家でキャッチボールやってみたいですね。親子でね。え、 セレモニーでした。 まあ、できれば今日ね、勝ってセレモニーしたかったところですが、 ま、あの、岩田ミドル投手は、え、当時はね、ドラフト 1 位とかそういう形ではなくって、え、希望枠、 希望枠なんです。 大学人、え、大学生社会人のドラフト希望枠という形で、え、入りました。 はい。 で、その頃黒田さん編成部長をされてたんですよ。 そうですね。 ええ、 ま、上の人から、会社の上の人からね。 はい。うん。 あの、岩田君取れっと言われてね、 当時スカウトが山口孝志ですよね。 ええ。 で、僕らあのお父さんお母さんも会いましたけど はい。 横浜も取りに行きましたね。ね。はい。え ええ。 ま、あの、僕ら希望通り、あの、岩田が阪神選んでくれてよかったんですけどね。 はい。 それで16 年間も長い間やっぱり野球生活送ってくれて本当に幸せだったと思うんですよね。 [音楽] ええ、 懐かしいですね。こうやって見てるとね。 うん。 ま、大阪党員高から関西大学、え、関西で育ったプレイヤーでもありましたからね。 そうですね。 ええ、 ま、それとやっぱり岩の投、あの、一の糖尿病でね。 もうここの時ほとんど野球できなくなってしまったからね。大学 2年ぐらいまでね。 そっからよく立ち直りましたよね。 そうですよね。 ま、そういうことも含めて、ま、あの、そうやって希望枠で、え、タイガースに入ってくれてね。 [音楽] いや、タイガスに入ってくれて、 いろんな金をね、 うん。 手助けして来てもらったですよね、岩田にはね。 はい。 まあ、ですから、あの、先発でもそうですし、リリーフに回った時もありましたが、え、結局通算 [音楽] 60勝82敗で、え、 3年目の2008年に10勝2 桁を上げました。ま、残念ながらあの 2 桁上げたのはこの年だけではあったんですけども、ただこう、え、ローテーションでしっかりと働いたというシーズンもね、え、ありましたし、 ありましたね。 はい。 ま、出、ま、入った時にちょっと肘方の調子がおかしかったと思うんですからね。 ああ、そうですか。 そっからつりと直して ええ、 で、ま、8年にはその2 桁上げましたけどね。 うん。 まあ、でもタイガースで1 筋で長く投げてくれたということもそうですし、やはりそういう同じ病気を持っている、え、方に色々勇気づけるボランティア活動なのもされましたね。 [音楽] あ、そういう努力をましたね。 さあ、ドルクすごいやってましたからね。 はい。 これからもやってほしいですね。 ええ、 [音楽] まあ、ですからそういうこうというものもそれと、ま、まさにこう向き合うとよりも付き合いながらですよね。 そうなんですよ。 ええ、 いや、大変やったと思いますよ。 はい。 ま、食事する時でもね、 色々気を使いながらね。 はい。 で、まあ、1 日に何回か駐車も打たなきゃいけないわけでしょ。 そうですね。大体僕ら聞いた話は 4回ぐらいかな、打ってた。4 回。は、 食事の旅にね。 ええ、 まあ、ですからリトでそれは大変なことですし、それを 16年間されたっていうことがね。 本当です。そうですよね。ま、影で努力もしてましたよね。森口から。 森口に住んでますけど、 ええ、 そっからやっぱり甲子園まで自転車で、 ええ、 来てましたよ。 あ、そうですか。 足越のタンダーでね。 ええ、ええ、 確かに実は岩田選手ってあの下半身がすごいしっかりしてますよね。 はい。はい。 ああ、なるほど。そういう努力もしてやっぱり ま、そう。そうやんないとそのね病気克服しながらやっぱり 16年もスポーツって難しいでしょうね。 ええ。 ね、続けるってことは い。 ま、あの、公評では179cmで97km ですから、 ま、ですから相当その下半身を鍛えたということでね、体重を増やした。 いや、それはもう一生懸命やってましたよ。食事療とかね。おりますので、こちらの方お願いします。 [音楽] [拍手] ああ、何度も言いますが、その糖尿病という病気と付き合いながらこの長い間 1 戦で活躍するのは大変なことで普通の方よりもね、あ、こう努力あるいはケアっていうのはね、何倍も そうなんですね。 いけなかったと思いますからね。 だから必ずあの蹴っと時間が下がった場合はやっぱ雨を舐めたりね、持ってましたからね。そういうのね。 ええ、おそらくいろんなこう周りの選手もそういう姿を見てきたと思いますからはい。 はい。ま、登板して一勝上げるごとに、え、ま、お金を寄付したりね。 [音楽] やりましたね。 はい。そういうこともやったり、 ファーも行っても、ファーモに行っても腐らずやってましたよね。 ええ、ま、そういう背中を見て育ったと、あるいは自分も頑張ろうと思った若い選手もたくさんいると思います。 16 年間タイガース一筋でプレイをしてきました岩田ミノ手。これから引退セレモニーが行われます。 まあ、毎年毎年こうやってね、引退セレモニーとかやめていくがいますんでね。あの、寂しいですけどね。いや、それはもう [音楽] しょうがないですよね。そういう、あの、やっぱりドラフトがありますから人もおります。たくさんおりますしね。 ええ、 ま、プ野球はね、あの、支配の選手は決まってますんで。はい。 [拍手] はい。 センターバックスリーン大型ビジョンに岩田ミノ手の阪神タイガース在籍 [音楽] 16年間のプレ級人生をおよそ 4分間にまとめましたジェスト映像 16 年の奇跡を映たします。皆様の思い出と重ね合わせてご覧ください。 熱きい思いを無岩の [音楽] 16年の奇跡 島のユニフォームが切れて本当に幸せです。 2005 年大学社会人ドラフと希望枠でタイガースに入団 当主人の林知らに早くなりたいです。 初めて開幕を一軍で迎えたのはプロ3年目 の2008年。 開幕2戦目の先発を任された岩田は6回1 失点の後頭。 プロ初勝利を上げると 巨人との伝統の一戦でプロ初の関東勝利。 この年先発ローテーションを勝ち取った 岩田はキャリア初のふけた勝利を記録。 その活躍が評価されWBC日本代表に選出 、世界一に貢献した。 投手人の柱へと成長した岩田には忘れられ ない試合がある。 2009年9月9日 登板前に長所が生まれまして 8回までわずかにヒんに後騰を続ける岩田 [音楽] まるで見えない力に導かれるように生まれた長女が完封で勝しておりたか [拍手] 大黒柱が甲子園のマウンドで輝いた。そんな岩田がプロ入り前に決意したことがある。 [音楽] 1 型豊の病の患者の希望の星。 高校時代に発症した市糖尿病。 病と戦いながら夢を実現した岩田は同じ 病気で苦しむ人たちを支援する活動にも 取り組んだ。 その活動が認められ、若林正しなどを受賞 。 ハンディを抱えても夢を諦めず挑戦する 大切さを伝えてきた。 だからこそ希望の星であり続けるために。 この思いが岩田の力となり、2011年 チームトップの防御率2.29をマーク。 [音楽] 2014年には7月刊MVPを獲得。 さらにこの年の日本シリーズでは第4戦に 先発存在感を示す高等を見せた。 プロ12年目の2017年一戦投球会を 達成するなど長年選抜を支える柱として 様々な功績を残してきた岩田ミノ。 甲子園で輝きを放った背番号21。 その勇志をいつまでも忘れない。 [拍手] ピッチャー岩田。手背手番号 [拍手] 21。 [拍手] [音楽] [拍手] やっぱりこうユニフォーム姿になってますね。 いや、本当そうですね。 ええ、まだまだ投げられそうです。 いや、だから本人もね、 ええ、 まだあの体は動くんですけど、そういう風には連絡はありましたけど。 [音楽] ああ、そうですか。 まだもう心がっていう感じでね。 ああ、 しっかりした体してますよね。 糖尿病患者とそのご家族を支援している日本 IDDM ネットワーク大阪の会杉の会のご協力のもと岩田投手を応援する皆様からの VTR メッセージをご紹介いたします。岩田手してご来場の皆様にご注目ください。 16 連お疲れ様でした。僕は岩田選手に勇気をもらって学校のみんなに病気のことをお伝えることができました。今は毎日楽しく過ごせています。 [音楽] 僕も岩田選手のようなかっこよくて優しい大人になりたいです。 1 月尿病になって岩田選手には夢と希望をもらいました。 16年間ありがとう。 同じ一部糖尿病患者としてきをもらっていました。第 2の人生でも頑張ってください。 あの時この本に出会えて真っ暗だった人生が明るくなりました。 桑演手が投げる時はいつもテレビで応援していました。 いつもかっこよかったよ。 [音楽] 半身で投げるのつも応援してました。これからも頑張ってください。応援してます。 [音楽] 型糖尿病でも安心タイガースで大活躍していた姿を見て勇気をもらいました。これからも応援しています。 [音楽] 岩田選手16年間お疲れ様疲れ様でした。 1 度でいいから岩選手のスライダーを受けたかったです。また一緒にキャッチボールしてください。 岩田選手いっぱい勇気をありがとう。これからもよろしくお願いします。 [音楽] 僕は岩田選手からたくさん勇気をもらいました。岩田選手が今まで頑張ってきたからこそ僕も野球を続けられています。 僕も野球頑張ります。岩田選手野球ずっと大好きでいてください。 [音楽] 僕は岩田選手にお会いしたことがきっかけで野球を始めました。今では中学校のキャプテンです。 [音楽] 岩田選手はいつまでも私たち市入病の希望の星です。 [音楽] 僕は岩田選手の活躍を見て野球が好きになりました。僕たちに夢と希望を与えてくれました。 僕は岩田選手から勇気をもらって、僕もテニスを頑張っています。岩田選手、たくさんの希望と勇気をありがとうございました。 勇気や希望を与えてくれてありがとうございます。クリスマス会でお会えできて嬉しかったです。岩田選手に会ってから僕も野球が好きになりました。 [音楽] [音楽] 岩田選手勇気をくれてありがとう。 私も岩田選手みたいに希望の星になれるように頑張りたいです。 [音楽] 岩田選手の活躍に勇気をもらいました。 岩田選手のおかげでスポーツをする勇気が持てました。 [音楽] 頑張っている岩投手の姿を見て私も頑張ろうっていう気持ちになれました。 [音楽] 岩田投手ありがとう。 岩手ありがとう。は、岩田投手からファンの皆様へ引退のご挨拶です。 [拍手] え、今日は このような盛大な引退セレモニーをご用意 していただき、え、本当にありがとう ございます。 え、タイガース関係の皆様、 裏方のスタッフの皆様、監督、コーチ、 そしてチームメイト、トレーナーの皆さん 、本当にありがとうございました。 [拍手] え、私は2005年に 対の方で、え、希望枠という形でお世に なることになり、早が経ちました。 え、その中で入団会見の時に、え、希望の 星になりたい東の患者の希望の星になり たいという思いを胸に、え、頑張ってい ました。 それがようやく形になったのが 3年目が終わった後、4年目の29年から です。え、そこで一方糖尿病患者を招待し て頑張っている姿を見せれるように 日々努力してきました。 その患者の あった時に 最初はやっぱり怖がってる顔をしてるん ですけど、え、たくさん話すうちにすごい 笑顔になっていくのがとても嬉しくて、 やっぱりこういう活動を していて間違いじゃなかったなさん、 その時に思いました。 それが もう10年、12年続きました。 え、タイガース 選手として、え、16年プレイさせて いただきましたが、 今年でユニフォームを脱ぐことになりまし た。 たくさんの 1000円を遅れたタイガースファンの皆 様 本当にありがとうございます。 え、 僕1人では ここまで長く やっていけるとは思ってませんでした。 やはり家族の存在があったからです。 え、試合で抑えた時は当然のように ニコニコして家に帰った時は笑いながら よかったねっていうよかったなて子供から も言ってもらえたり 打たれて負けて へこんで帰ってる時も すごいニコニコ いい笑顔でまた頑張ったらいいや っていう [拍手] っていう言葉に救われてここまでやって これました。 [拍手] 家族のみんな ありがとう。 [拍手] そしてこうやって寒い中応援に来てくれる ファンの方々も僕にとってはみんなビッグ ファミリーです。 [拍手] 皆さんがいなければ続けられ3列車 本当に感謝しています。 え、まだチームはCSが残ってて、日本 シリーズも可能性があるし、 僕は言ってくれると信じます。 [拍手] 日本シリーズに行ってもらえるように皆 さんまた暑い1000円よろしくお願いし ます。 本当に16年間暑い応援ありがとうござい ました。 岩田投手、ありがとうございました。 それではこれより岩田投手の更新球場での ラストピッチングを行います。 ボールを受けていただくのは梅野龍太郎 選手です。 そして青山投手から岩田投手にクラブとボールが今渡されました。 [音楽] [音楽] [拍手] 素晴らしいピッチング。ありがとうござい ました。 続いて梅野選手から花束が送られます。 [拍手] 夢の選手、ありがとうございました。続きまして、当人の秋山党手、藤浪投手から花束です。 [音楽] [音楽] [音楽] [拍手] 秋山投手、藤浪投手、ありがとうござい ました。 続きまして、岩田投手の担当スカウトで 関西大学の先輩でもある元阪神タイガース コーチのこの方にお願いいたします。 山口孝志さんです。 [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] 山口さん、ありがとうございました。 [音楽] 続きまして、岩田投手のご家族長男さん、 長女ミクさん、次女なさん、そして三香 から花束の増定です。 [拍手] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] ま、今日はファーストピッチもご家族で 行いました が投手の挨拶になりましたが、ご家族の支えてはね、非常にこう大きかったと思いますからね。 ま、そうでしょうね。食事情両報とかね、色なったんでしょうね。 ええ、ま、そういうお父さんの背中も見ているわけですから、 [音楽] ご家族の皆様ありがとうございました。 スタンドでは大阪党の西谷監督のね、姿も見えましたし はい。 ま、またあの山口さんからいただく花っていうのもこう感動がする。 それではこれから先輩として最後の挨拶を一緒にきましたけど。 [音楽] そして監督 コーチ選手とま、最後の挨拶ということで、ま、矢野監督とはね、バッテリーも組んでたわけですし、あ あ、そうですね。 え、からコーチとも一緒にフルペンでいうのもあったでしょうからね。 [拍手] さあ、藤宮は大阪の後輩でもありますし、 まあですから若い選手が増えてきました けど、え、岩田投州を例えばファーム なんかで一緒に練習をしたり、その 取り組み姿勢を見て選手も多いでしょう からね。うん。とにかく取り組みが すごかったね。ええ、 やっぱりかにしてこう長く役をやるかっていうことをいつも考えてましたよね。 はい。うん。 ま、こういう病気があったからこそこに対する思いっていうのは一層そ強かったでしょうね。 いや、そうと思いますよ。 ええ、16 年間は打点にできないですよね。 はい。 [音楽] いや、本当普通でもなかなか大変なことですからね。 はい。これをこう病気と共に 16 年間やり通すというのは本当に波定のことではありません。 [音楽] でもあれですね、やっぱりこう入団当時は随分細かったですもんね。 まあ、もう少し細かったですよね。ええ、 [拍手] ま、その頃から食事もよく取ってましたよね。 それではただいまから記念撮影を行います。 [音楽] さん、改めてどうすか?当時編成部長だった岩田投手。うん。 え、ユニフォームを脱ぐというね、いや、い いろんなプロセスをご存知だと思いますが。 そうですね。やっぱり最初に関わり合った 1人としてね。 はい。 まさか、ま、あの、本当横浜団と はい。 阪神タで希望枠やからね。 え、はい。はい。はい。 やっぱり地元を選んでくれて、そして うん。 糖尿病のことを皆世間に伝えるというのがね。 はい。はい。岩田君の1つのね、 あの希望でしたから、 だから大学に来てくれたと思うんですよ。幸会長くこうね、大きな病気もそれからしなくてね [音楽] はい。 よくやってきたと思いますよね。 ええ、 ま、家族もそうですけど、その上にはまたお父さんお母さんも 一生懸命励ましがあったと思いますよ。うん。 [音楽] ま、そういう意味ではこう誰よりもんな人に励まされ支えられたという思いはあるでしょうし。 そうですよね。 はい。 え、これからはまた違う立場でね、 え、野球を支え、また応援し、いろんな後輩を励ましていくとなるでしょ。 [音楽] それ能のこともね、一生懸命はあの、今まで以上に 繋がって欲しいですよね。 あの、大阪みの会の VTR もありましたけど、本当に岩田投手に、 え、勇気をもらってね、野球始めたとか、スポーツをやっているとかいうお子さんの メッセージも多かったですからね。お願いします。 いや、それでも大変なことをやった選手です。最後は同けですね。え、はい。 [音楽] をお願いいたします。お願いします。やりますね。やりますね。はい。岩田投手がチにいました。たくさん参りましたね。 [音楽] [拍手] [拍手] のに参りました。岩田投手。チームメイトの皆さんによる番で岩田投手 7 回中を回りました。まあでもタイガースでやったこともそうですし、やっぱりあの WBC にも出場されたっていうこともね。これも大きなことですね。 そうですよね。やっぱり自信になったと思いますよね。 そうね。 [拍手] [音楽] プロ初関東勝利は2008 年のジャイアンツ戦でした。この甲子園でした。プロ初カ封勝利も、ま、プロさんの話によると因縁のある横浜でね、で、え、甲子園でした。 [音楽] [拍手] ではただ今から岩田投手のファンの皆様に感謝の気持ちを込めて場内を一周いたします。 [音楽] 皆様入場時に配布いたしましたポスターを掲げてお見送りください。 岩投手がこれから新型コロナ対策のためマスクご着用の上必ずご自身の座席でご覧でもね本当にこういうコロナ対策もあるでこうやってセレモ 皆様のご協力をよろしくお願いい 関係者の方もきちっとその辺りを考えながらセレモニーをされまし [音楽] ちょうど良かったですよね。あの、アルプスにお客さんが入れるようになってね。 あ、そうですよね。 今日もたくさん入ってますけどね。 ええ、今日はワクチンそパッケージをきちんとされた方の入場ということでアルプスが、え、そういう方たちで埋まっていますので、ま、まさにいろんな人たちに勇気と希望を与えた岩手です。 [音楽] 番号が輝まあの取材でお話を聞いてもこう帰宅と言いますからね。 いや、本当そうですよ。 ええ、そういう方でしたね。 はい。ちゃんとあのきっちり喋れますからね。 ええ、こ期キャンプであのスライダーの話をちょっと教えてもらった記憶がありますけど。そうです。はい。はい。ボールを研究してましたからね、いつもね。 そうですね。中、あの、変化球の 研究はすごくされてそう。 だから落ちるボールはね、よくよく、あの、よく落ちてましたよ。あの、投げる中でね。 ええ、 今や当たり前になりましたけど、やっぱりあの、ひねったりするのは変化球はあの、肘とか負担になるんで、 こういかにこうすっと抜くかていうのがね、え、大事なんてはい。はい。 そういう工夫をしてますっていう話をね、聞いたことがありましたけど、その時も本当にこう帰宅に答えてくれました。 あの昨年の藤川投の時そうですが、今ね、逆にスマートフォンで先週も取りますんで。 いやいや、本当そうです。 お客さんも喜んでくれますよね。 これあのですからSNSで 結構乗せたりしますんでお客さんは 2 度楽しめるというところがありますからね。 なりも寂しいでしょうね。先輩がね、やめていく中で。 そうですね。 ま、止てもらなあかんですね。 はい。 いや、ちょっとね、クライマックスシリーズ、日本シリーズであ、西谷監督の見えますね。 [音楽] はい。 悔しかった。認めて欲しかった。なんだ、 [音楽] ま、今や大阪党員からあのプロに進むっていうのはそう珍しくないことですけど、 本当に岩田投資あたりは走りぐらいでしょうね。 そうですね。 ええ、 ま、大学入って、 ま、それで良くなって、ま、ここの時に良かったんですけどね。それで投入ちょっとね、かかってしまいまして はい。ええ、 ま、おそらくそういうところでもあの野球を諦め、続けるというところは西谷監督のアドバイスともあったでしょうね。 それあったと思いますよ。え、 [音楽] さあ、とにかくプロで16 年間プレーをすることも大変なことです。 その上に市尿病と まさに競損して そうですね。 ええ、 やっぱり1番体がね、シオンの スポーツですからはい。そうなんですよ。 フローしたと思いますよね。 はい。 ま、練習以外のところもね、 色々とこうケアをしなきゃいけなきたくさんあったという中で 16年間プレイをされました。 まあでも本当にこう涙少なくてなんか笑顔の多いね、退セルですね。 これも岩田投のお人柄だと思います。 止まったのメッセージ。 さあ、なんとかこの岩田投手のためにも CS勝ち上がってね、 もシリーズ本といやいや、本ん当ね、 CSで本当にあんまり勝たいからね。 も、もう1 回日本シリーズ出てほしいよね。 ね、ま、岩田投手地身は 2014年、ま、あの時は 2位からね、 え、立ち上がっていきましたが、巨 人に4連勝しました。 はい。そうなんですよね。 ま、今年も2014 年のような形でプライマシリーズを駆け上がって欲しいタイガースです。 [拍手] トラッキーとなんか相談してますね。まだセレモニーは続き何か岩田投手のアイデアで何かあるようですね。ファンの皆さん。 [拍手] マウンドに再び上がりました。 去年藤川投資もしましたよね。 やりましたね。 皆様温かい 5000円ありがとうございます。今一度岩同手に盛大な手を送りください。 [拍手] 16年間お疲れ様でした。 岩投手退セレモニーたくさのタイガースパンに見送られて球場に今 [拍手] 1例をしてグランドに1 例をしてああ最後も藤西藤は最後まで待ってたんですね。ここでね [拍手] そうですね。さすが先輩後輩ですね。 はい。 皆様の温かいご 000円ありがとうございました。以上を持ちまして岩手の臨セレモニーを終了させていただきます。皆様本日は誠にありがとうございました。さて、え、ゲームが終了して岩田投手の引退セレモニーも終わりました。 [音楽] [拍手] Yeah.
2021年10月26日(火)甲子園球場 阪神タイガース vs. 中日ドラゴンズ 25回戦 終了後
26日(火)、今シーズンのペナントレース最終戦となった対中日ドラゴンズ戦終了後の阪神甲子園球場にて、今季限りで現役を引退する岩田稔選手の引退セレモニーを実施しました。
スタンドでファンの皆様が見守る中、岩田選手がマウンドに立ち挨拶を行いました。
「タイガースの選手として16年プレーさせていただきましたが、今年でユニフォームを脱ぐことになりました。たくさんの声援をくれたタイガースファンの皆様、本当にありがとうございます。
入団会見で1型糖尿病患者の希望の星になりたいと話し、実際に活動できたのは2009年からです。1型糖尿病患者を招待して、頑張ってる姿を見せられるように日々努力してきました。患者の皆さんと会った時、最初は怖がったような顔をしてるのですが、たくさん会話する中で笑顔になるのが嬉しくて。やはりこのような活動をしてきて間違いではなかったなと思いました。ここまで12年間続けることができました。
僕一人ではここまで長くやっていけると思っていませんでした。やはり家族の存在があったからです。打者を抑えて家に帰った時には笑顔で「良かったね」と言ってくれ、打たれて凹んで帰った時も笑顔で「また頑張ったらいいやん」と言ってもらい、ここまでやってくることができました。家族のみんな、ありがとう。
そして、こうして寒い中応援に来てくれるファンの方々も、僕にとってはみんな“big family”です。皆さんがいなければ続けられませんでした、本当に感謝しています。
まだチームはクライマックスシリーズが残っていて、日本シリーズの可能性もあります。僕は行ってくれると信じています。日本シリーズに行ってもらえるように、皆さんまだまだ熱い声援お願いいたします。本当に16年間熱い応援ありがとうございました。」
挨拶を終えた岩田選手は、甲子園でのラストピッチングを梅野隆太郎選手とのバッテリーで行ったあと、梅野選手から花束が手渡されました。
更に、投手陣を代表して秋山拓巳選手・藤浪晋太郎選手、岩田選手の担当スカウトで元阪神タイガース投手コーチの山口高志さん、お子さんとご夫人から花束が手渡されました。
その後、選手・監督・コーチ・スタッフがマウンドに集まり、岩田選手への感謝の気持ちを込めて胴上げを行いました。
岩田選手は、最後にファンの皆様に挨拶をしながら場内を一周しました。

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