「懐かしいね」と85年日本一を伝えるスポニチを手にするバース氏(本人提供)
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 球団創設90周年の阪神の歴史はジャパニーズ・ドリーム実現を目指した外国人選手たちの戦いを抜きには語れない。阪神在籍期間の成績で打率、本塁打、打点の3部門でトップに君臨するランディ・バース氏(71)が入団1年目に途中解雇の危機に直面しながらも「自分はなぜ成功できたか」を本紙の取材に対して明かした。また投打各部門のトップとなった忘れられない助っ人を取り上げる。(敬称略)

 藤川阪神のリーグ優勝を米国・オクラホマ州の自宅で知ったバースは、球団創設90周年の歴史の一員であることの幸せをかみ締めていた。「本当にうれしい優勝だね。あれからもう40年もたったのに、チームもファンも自分のことを覚えていてくれる。それには感謝しかない。タイガースでプレーできたのは本当に幸運だった」。7月1日の巨人戦での「レジェンズデー」で掛布雅之OB会長(70)、岡田彰布オーナー付顧問(67)とともにユニホームを着た感激も忘れてはいない。

 甲子園には今でもバックスクリーン3連発の伝説が残っている。1985年4月17日の巨人戦の7回に歴史はつくられた。「自分にとってはシーズンの1号。それが逆転の3ランになった。打ったときはそれだけでうれしかったけど、カケ(掛布)とオカ(岡田)も続いたことで今でも語り継がれる本塁打になったんだ」。たまたまの一撃ではない。バースは3回に二ゴロ併殺打に仕留められた槙原寛己のシュートが「また来るはず」と狙いを絞っていた。傾向と対策を頭に入れた上でのひと振りだった。

 「野球というのは難しいゲームだと自分は思っている。考えて準備することが重要。バッターとしては相手の投げる球をしっかり覚えないといけない。それによって成績も変わってくる。エガワ(巨人・江川卓)がカウントに応じて、どんな球を投げるか。そうした研究を欠かさなかったからこそ、3冠王も獲れたんだ」

 史上最強の助っ人も最初から順調だったわけではない。阪神1年目の83年は前半戦で9本塁打。球団がシーズン途中に新たな外国人選手の補強を決めたことで「チームの役に立っていない。覚悟はできている」と当時の安藤統男監督(86)にバースは伝えた。球団が目先の結果で判断していたら、3冠王は生まれていなかった。

 「自分を残してくれた安藤さんには感謝している。日本の選手としっかりコミュニケーションを取ることが大事だと教えてくれたのも安藤さんだった。打撃の技術では外角球を逆方向に打てるように指導してくれた並木(輝男打撃コーチ)さんも自分の恩師だ」

 「レジェンズデー」の前夜には安藤元監督と10年ぶりに再会し、昔話に花を咲かせた。多くの人との出会いとサポートがあったからこその成功だとバースは信じて疑わない。「イチローが出てきたときには彼が最高の選手だと思っていた。でも、次に大谷翔平が出てくる。日本の野球は本当に素晴らしい。でも、いつかNPBでも自分の成績を塗り替えるような外国人選手が出てくるはず。それが楽しみ」。打率.337、202本塁打、486打点。バースは阪神歴代外国人成績でも3冠王だ。 (鈴木 光)

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