2011年に阪神からドラフト1位指名を受けた伊藤隼太。注目と期待の裏で、ルーキーを待っていた“ドラ1という十字架”。《NumberWeb阪神タイガース特集インタビュー全2回/後編に続く》
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初めて放った本塁打が満塁ホームラン。阪神タイガースのドラフト1位伊藤隼太の始まりは一見、華やかなものに見える。
「お前、やっぱりもってるな。さすがドラ1や」
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鉄人・金本知憲もベンチに戻ったルーキーにそう言って祝福したが、13年前を振り返る伊藤の表情はなぜか晴れない。
「あの日は(巨人がリーグ優勝を決めた後の)消化試合。なのに、1アウト二、三塁の場面で金本さんが敬遠されたんですよ。しかも金本さんは引退を発表したばかりで、ファンからすれば見たいのは僕じゃない。打席に入ったときはブーイングですよ。どさくさに紛れて打ったホームランです」
長いプロ野球の歴史に残る一打を素直に喜べないのには理由があった。
阪神からの1位指名「ことの重大さをわかってなかった」
伊藤が阪神に1位指名された2011年秋のドラフトは「BIG3」と呼ばれる大学生投手に注目が集まっていた。六大学きってのエース明治大・野村祐輔は相思相愛の広島に一本釣りされたが、東洋大の左腕・藤岡貴裕には3球団が競合、巨人希望を明言していた東海大・菅野智之には日本ハムが待ったをかけてくじを引いた。そんな中、阪神は俊足巧打の外野手を指名する。
時代は真弓明信から和田豊にバトンがわたった頃。Aクラス復帰に向けて金本、桧山進次郎らベテランに代わる左の外野手は補強ポイントだった。将来性ある東海大甲府高校の高橋周平(3球団競合の末、中日へ)という選択肢もあったはずだが、阪神は慶應大のキャプテンで大学ジャパンの4番を任された実績をもつ伊藤に白羽の矢をたてたのだ。同じ愛知県出身のレジェンドがつけた「51」を与えられたことも期待の表れだった。
「野球は大学までと思ったこともありましたが、誰しもが目指せる世界ではないので志望届を出しました。1位指名されたときは素直に嬉しかったです。周りもチヤホヤしてくれたし、実家に帰ったら色紙が積み上がっていた。ちょっと浮ついたぐらい。でも、ことの重大さや責任の大きさまでわかっていなかったと思います」

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