中日・中田翔内野手(36)が8月15日に会見し、今季限りでの現役引退を発表。会見では「野球を嫌いになりかけていた自分がいた。最後はもう一度野球を好きになって終わりたい」と思いの丈を語った。

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電撃引退を表明した中田翔

報道陣にエアガン乱射、遅刻サボりは当たり前

 2007年の高校生ドラフトで4球団競合の末、日本ハムが1位指名。この年最大の注目株だっただけに、テレビ局やスポーツ紙は“中田番”を置いた。

「多いときは約20人の記者が中田を追いかけた。ルーキーイヤーの春季キャンプでは取材攻勢にストレスを溜め込んだのか、キャンプ地の沖縄・名護市でエアガンを買い、宿舎の窓から報道陣に向かって乱射していた」(当時を知る記者)

 新人時代から寝坊、遅刻、サボりは当たり前。新人合同自主トレ中の休日に居なくなったと思いきや、日焼けサロンで真っ黒になって帰ってきて球団関係者を呆れさせたことも。

「遠征先のホテルには中田の専用の清掃係がいた。酒瓶や空き缶などが散らかり、部屋があまりに汚すぎて、掃除に時間がかかるからです」(地元記者)

 後輩の面倒見は良く、あだ名は“大将”。後輩を引き連れ、ススキノのクラブで一晩100万円単位の豪遊はざら。他球団の後輩選手に数百万円の腕時計をプレゼントしたり、引退した後輩選手が生計を立てられるよう、運転手兼自主トレのパートナーとして雇ったこともあった。

 だが、豪快すぎる遊び方が選手寿命を縮めた側面は否定できない。

栗山監督が大谷に命じた“中田対策”

「13年に大谷翔平が入団したとき、当時の栗山英樹監督は大谷に対し、外食する際は相手と場所の報告を義務付けた。これは中田が大谷を連れまわさないようにするためだったと言われています」(スポーツ紙デスク)

 21年には後輩選手を殴ったとして、日本ハムから巨人へ無償トレード。

「巨人では、『紳士たれ』として金髪やひげを禁止する球団のルールに従ってはいたが、『ひげを生やさんかったらそれだけで紳士になるんか?』と不満をこぼしていた」(巨人担当記者)

 23年オフには3年契約を途中破棄して中日に電撃移籍したが、持病の腰痛が悪化し、思うような成績は残せずじまいだった。

「もっと若いころから今の意識でやれていたら…」

「今季は15キロ以上も減量して、食事も栄養素を徹底管理するなど健康面を意識して臨んだが手遅れだった。日本ハム時代に地面の固い札幌ドームで外野を守って膝を故障したことも災いしたが、もっと若いころから今の意識でやれていたら……」(日本ハム関係者)

 引退会見時点でのプロ18年間の通算成績は打率2割4分8厘、309本塁打。もっと伸びたはずだという後悔は先に立たない。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年8月28日号)

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