
笑顔の三番・王、監督・川上、四番・長嶋。V9を達成した翌’74年に後楽園球場で撮影
半世紀以上が過ぎても、その金字塔は燦々と輝き続ける。不動の四番サード、長嶋茂雄は空前絶後の9年連続日本一を成し遂げたチームに、いったい何をもたらしたのか――。彼と同じフィールドで戦った往年の選手たちを訪ねると、“いかにも”な逸話と、意外な見立てを明かしてくれた。(原題:[歴史的偉業の背景]1965-73 V9を支えた「体感10割」)
「プロ野球選手というのは結果がすべて。ホームランにしても打点にしても、王(貞治)さん、張本(勲)さんをはじめ、長嶋(茂雄)さんよりも数字を残している選手は何人もいます。それでもミスターがこれだけ人気なのはどうしてだと思いますか?」
1968年にプロ入りし、V4からV9までレフトのレギュラーとして長嶋のプレーを間近に見てきた高田繁。彼に「V9時代の長嶋茂雄について伺いたい」と告げると、逆に質問された。高田の答えはこうだ。
「それはね、ファンはもちろんチームメイトが“頼む、ここで打ってくれ!”という場面で、100%打ってくれたからですよ」
データを調べるまでもなく「100%打ってくれた」事実はない。それでも、迷いのない口調で高田は続ける。
V1 1965「なりふり構わぬ大型補強」――国鉄での15年間で353勝を挙げた左腕・金田正一(写真)や近鉄の関根潤三ら他球団の主力の他、土井正三などV9を支える選手が加入。金田は負傷離脱、関根は不振に苦しんだが、打者転向4年目の一番・柴田勲から始まる打線が奮起。6月に首位に立つと、10月14日に中日が敗れ、’63年以来のリーグ優勝が決まった。日本シリーズでは南海を4勝1敗で破り、2年ぶりの日本一に。長嶋の成績は打率.300、17本塁打、80打点。打点はリーグ2位 KYODO
「もちろん、そんなはずはないんだよ。でも、本当にみんなの期待を裏切らないバッターだった。天覧試合、オールスター、日本シリーズと、ビッグゲームになればなるほど確実に結果を残している。僕のイメージでは打率10割なんですよ。“バカじゃないか?”って思われるかもしれないけど、それぐらい勝負強かったんだから」
その姿は、熱烈なジャイアンツファンが「オレが見ていたら長嶋は必ず打つんだよ」と無邪気に語っているようだった。
「何を言ってるの、僕はファンの人たちよりもっと間近で見ているんだよ。“絶対勝ちたい!”というときに、長嶋さんは必ず打ってくれるんだから」
身振りを交えて高田が力説する。チームメイトから絶大な信頼を寄せられる勝負強さこそ、長嶋の最大の持ち味だった。
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