衝撃のトレードは数あれど、これほどの「ビッグ・ディール」もそうはないだろう。常勝軍団の顔だった秋山幸二と、リーグを代表する「メジャーに最も近い男」佐々木誠を中心とした、1993年、3対3の“史上最大のトレード”。野球界を激震させた移籍の一方の主人公、佐々木に、当時の内幕を語ってもらった。〈NumberWeb特集「電撃トレード伝説」全3回の1回目/つづきを読む〉

 解明不能、出処不明、都市伝説の一つだとも囁かれている、ビジネス界の“言い伝え”がある。ひょっとしたら、自分もそうだったと頷く方々も多いのではないだろうか。

 会社員がマイホームを買ったら、転勤になる——。

 いわく、住宅ローンを組み、一家の主として働く覚悟を定めたゆえに、会社側にとっては転勤を命じても拒否されることはないから、という理由付けすら、どこかまことしやかな響きがしてくるから不思議だ。ただ、プロ野球選手は個人事業主だから、会社員の図式には厳密に言えば、あてはまらないのかもしれない。

1億円の新居を建てたらトレードに

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「家、建てたらトレードなんて、サラリーマンみたいですね」

 佐々木誠は、話の流れの中で挙げてみた、ちょっと馬鹿馬鹿しいようなその質問に、笑いながら、大きくうなずいてくれた。

「確かにね、そうそう、そんな感じだったね」

 当時の新聞報道によると、1億円の新居ができた直後に、トレードを通告されたという。そんな稀有な経験(?)の持ち主が、かつて「メジャーに一番近い日本人野手」と呼ばれた逸材の一人、元ダイエーの外野手・佐々木誠だった。

球界の寝業師・根本陸夫

 かつて西武の管理部長として、1982年からの11年間で9度のリーグ優勝、8度の日本一を達成した根本陸夫は、プロ野球界はもちろん、政財界に広がる豊富な人脈や全国に張り巡らせた独自の情報網を駆使。トップレベルのスター選手から無名の逸材までを獲得し、強固なチーム作りを行っていくというその剛腕ぶりで「球界の寝業師」の異名を取った。その辣腕フロントマンが西武からダイエーへと移ったのは、福岡ドーム(当時、現・みずほPayPayドーム福岡)がオープンした1993年のことだった。

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