1992年12月25日の巨人新入団選手会見 (左から)村田善則、西山一宇、松井秀喜、正力亨オーナー、長嶋茂雄監督、門奈哲寛、木村龍治
1992年11月のドラフト会議で、1位は4球団競合の末、星稜高(石川)の松井秀喜を引き当てました。くじを引く順番は最後でしたが、箱に手を入れた瞬間、ふわーっと温かい風を感じ、封を切るとやっぱり当たりくじ。うれしかったですね。会議が終わると、すぐに本人に電話を入れました。
甲子園での試合は、テレビで見ていましたよ。特に92年夏の2回戦(対明徳義塾高=高知)の5打席連続敬遠ね。悔しかったでしょうけど、最後まで同じ形で、淡々と一塁へ向かいましたね。これはメンタルの強さ。高校生なのに、なんという男だ、この男は何か持っている、と思いましたね。
《松井秀喜は星稜高で1年から4番に座り、甲子園に4度(春1度、夏3度)出場。2年夏の3回戦(対竜ケ崎一高=茨城)で初アーチを放つと、3年春は1回戦(対宮古高=岩手)の2打席連続を含む3本塁打を記録した》
実際に会うと体が大きいし、バッティングにはすごさがありました。なんとしても日本人の4番打者がほしかったのです。「4番・松井」をつくるため、〝1000日構想〟を掲げました。
監督復帰1年目の93年は、64勝66敗1分けで3位。4番・原辰徳は故障がちで、この年は6人もの選手を4番に据えました。
92年秋のドラフトで松井秀喜の交渉権獲得のくじが入った箱に手を入れる長嶋監督。後方は先にくじを引いた(左から)阪神・中村勝広監督、ダイエー・根本陸夫監督、中日・中山了球団社長
松井は11本塁打を記録しましたが、まだ〝ひよっこ〟。打線の核をつくろうと、オフに中日からフリーエージェント(FA)宣言した落合博満を獲得しました。40歳でしたが、ことバッティングに関してはナンバーワン。松井にとってはお手本であり、4番を打つまでの高い壁になってくれました。
僕が監督を勇退した後の2003年、松井はFA権を行使して米大リーグへ移籍しました。相談は受けていましたから、日本球界のためには巨人に残ってほしいとも思いましたよ。でも、僕も現役時代に、ドジャースへの移籍がかなわなかった残念な経験があります。最後は「メジャーでやるならヤンキースだ」と言いました。
日本で10年、メジャーで10年でしょ。彼は巨人とヤンキース、両方の野球を知っています。こんな経験をした選手は、かつていません。松井が将来、巨人の監督になる可能性は十分にありますよ。(2014年12月16日付紙面に掲載)
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