1995年5月2日、野茂英雄がメジャー初登板を果たしてからちょうど30年。野茂の渡米はどうして可能になったのか? すべてがはじまった前年、1994年の近鉄バファローズの関係者たちを当時の番記者が再訪し、「革命前夜」を描き出す。開幕戦で快挙を目前にした野茂。だが9回に異変が——。〈連載「革命前夜〜1994年の近鉄バファローズ」第3回/つづきを読む〉
西武球場の記者席は、今も昔も、ネット裏席の最上段に位置している。
西武が勝利した時、選手たちがファンの間を通って上がってくる「ビクトリーロード」と呼ばれる、スタンド中央の階段がある。9回裏の攻撃が始まるまでに記者席を出てその階段を降り、グラウンドレベルにある、ネット裏のもう一つの記者席へと場所を移す。試合が終わったらすぐにベンチ裏に走って監督や選手のコメントを取る必要があるため、番記者たちは、そこでスタンバイしておくのだ。
スコアブックを片手に、その階段を降りている時だった。
意外な場内アナウンス
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妙なアナウンスが耳に入った。
「サード、石井に代わりまして、中村紀洋」
えっ、守備固め?
開幕前、石井から聞いていたのは「全試合・フルイニング出場」の目標だった。確か、そう言っていたはずだよな? なのに、開幕戦で交代? どうなってるんだ?
「途中、8回終わって野茂がノーヒットノーラン。でも、勝たないといけない。過去にもいますよね? 0対0のままで、ノーヒットで延長戦に入って、打たれた人がね。こっちも点数が取れないと、記録にならないわけですよ。何とか野茂を勝たせたい。当然、そう思うわけですよ。それで3ランが出た。郭泰源からですよね」
ホームランを打って、ベンチに帰って来た時だった。
首脳陣から掛けられた言葉に、石井浩郎は思わず、耳を疑ったという。
「何を言っているんだろうと」
石井、もういいよ——。
「意味が分からなかったんです。何がいいんだか、よく分からない。何を言っているんだろうと……。なんだろうな。やっぱり、その時、一番乗っている選手は誰かといえば、野手だと、私なわけですよ、3ランを打ってね。今、3ランを打って、ノリに乗っている私がなんで、その場からいなくなるんだ、と」

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