【無料会員記事】胸打つヤクルト・モイセエフの全力疾走 だからファーム取材は楽しい

2019年まで中日2軍バッテリーコーチとして若手を育成してきた田村藤夫氏(65)が、ファームで目にとまった選手や期待の若手選手の現状をチェックする「田村藤夫のファームリポート」。今回は、ヤクルトのルーキーモイセエフ・ニキータ外野手(18=豊川)を取り上げます。



プロ野球2025.06.18 06:00

































































































【連載210】<ファームリポート:イースタンリーグ・ヤクルト0-3DeNA>◇6月8日◇戸田

ヤクルトのドラフト2位の高卒ルーキー、モイセエフの何げない一塁への走塁に、思わず目が引き寄せられてしまった。

自分でも、試合のどこのプレーに引きつけられるかなんて、想像できない。ファームに足を運ぶ意味がまたひとつ増えた思いだ。

DeNA先発は小園、ヤクルト先発はベテラン左腕石川。通常モードならば、この2人に注目するはずだが、思わぬところで目がくぎ付けになった。

モイセエフの第3打席、平凡な二ゴロだったが、掛け値なしの全力疾走だった。久しぶりにあんな必死な、まさに全力の走りを見た。

言うならば、一塁ベースを駆け抜け、2、3メートル先まで走りきるような見事な疾走だった。タイム走のような、コンマ1秒を争う真剣味にあふれていた。

疾走むなしく、そのまま二ゴロで打ち取られるのだが、私は「久しぶりに見た全力疾走だったな」と、その場面が深く心に残った。

これだけ強調するのには、私なりの理由がある。


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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。


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