【砂田毅樹】激白…プロ野球人生を変えた交通事故/“引き際の美学”引退決断は自らの意思で…/最終戦セレモニーで山﨑康晃からサプライズ|砂田毅樹(横浜DeNAベイスターズ〜中日ドラゴンズ)【後編】
僕 事故ってるんすよ交通事故正面衝突してるんすよ車で動いてたはずのものが動かなくなったんで最悪の 3年間の始まりだったなっていう [音楽] までもあれをやろうって言ったのやさんが やろうって言ってたく言ってくれたみたい でまそういう部分では安さんには本当感謝 だなっていう [音楽] ユニフォームを脱いだ後プロ野球選手は どのような人生を歩んでいるの 彼らのプロ野球人生とセカンドキャリアに 迫ります プロ野球セカンド 今回の主人公は [音楽] プロ野球セカンドではチャンネルをご支援 いただけるスポンサー様を募集しています 詳しくは概要欄をご覧の上お問い合わせください [音楽] 結構鈴さんにラスカルのイメージが ついてきたのもこの辺かなと思うんですけど はいはい いやなんかすねいや元々ラスカル自体はまあなんかキャラクターとして可愛いなっていう風に思っていたのでスタンプとかもちょろちょろ持ってたんですよ そん時にちょうど安明さん山崎安明選手がスヌーピー はいで話題になってたんすよ はい でおわスヌーピーかて思いながら僕もたんすけどそん時にやっぱ高校生とか中学生の時ってやっぱ自分野球やってると自分でお金を稼ぐとかアルバイトとかでもできないじゃないですか あ野球の毎日だったなって思った時に風呂入ってからある程度こう給料もらえるようになってからゲームセンターでちょっとこう UF キャッチャーをすごいやりたいなっていうその思存分やってみたいっていう そのなんか1000 円の中で頑張って取ろうっていうよりは取れるまでやるみたいな なるほどぐらい お金をかけてもその自分で稼いだお金をそういう風に使うっていうのもあっていいんじゃない かと思ってそれでキャッチャーをやってたんすけどやぱ負けなんで取れないと取れないでイライラするんですよ そのなんか取れないと取れないであこれにお金かける価値あるかなって思ってこう思考錯誤してるとあることに気づいて はい ラスカルが異様に簡単に取れるっていうそのなんか誰なんて言うんですかね ラスカルのその機会が取りやすいじゃなくてたまたま多分僕とラスカルの相性が良かったのかめちゃくちゃラスカル取れるっていう 現象が起こりまして 多分級選手の中では僕ぐらいじゃないですか?ラスカルとコラボしてんのその日本アニメーションの方からの会社の方からラスカルの 50周年記念はいのコメントを欲しいって いうので僕に依頼が来たりとかなので僕の あの現役時代のグローブはラスカル入っ てるんでそういうのとかもシルエットとか ラスカルをグローブに刺繍でも入れるって 基本的には所作金がかかるでNGなんす けど一応日本アニメーションの方に球団と メーカーさんからちょっと日本アニメにお 願いをしてでそのアニメーション側の方は 君だからいいですよっていうので許可をいただいて 公式で で僕はもう公式でずっとラスカルを使わせていただいててっていうだからラスカルフで行くとインスタあ LINEでラスカルの公式 LINEあるあるんですよはいはいはい そのスカルの公式LINE 砂だって文章打つといつも応援してるみって出るんですよ へえ 他の名前打っても出ないですけど僕の時だけそれが絶対出るっていう それ僕のLINEだけじゃなくてどの人の LINEでやっても その現象が起こるっていう 僕の時だけ出てくるんであこれすごいなと思ってめちゃくちゃ嬉しいなと思って なるほどじゃあ今日も公式がそういう仕様にしたってことなんでしょうね それは僕の中でめっちゃ嬉しかったすね すごいですねいつも自慢してます自慢す いやすごいですよ 2021年に多分僕がプロ人生で1番いい 年っていうかいい成績を残してた都年だっ たんですけどその翌年の2022年の横浜 最後の年だったんですけどその年が ちょっとこの最後引退する3年間までの3 年間がちょっと1番きついプロ野球人生 だったなっていう風には思いますね 2022年の 3月かねキャンプから帰ってきた時にあの 多分こう ニュースで知ってる方というか僕は名前が 出てないんでずっと伏せてはいましたけど 僕事故るんすよ交通事故正面衝突してるん すよ車ではい それから体が全く動かなくなってしまったっていうのが [音楽] そっから感覚が狂るちゃってて えその事故っていうのはあれ怪我とかも追われた事故だったんですか いやそのなんて言うんですかね?大怪我とか入院とかそういう手術とかそういうのはなくてなんて言うんですかね?別にその大した怪我ではなかったんすけどでもやっぱプロにと [音楽] その些細な変化っていうのがかなり重要で 僕ん中では 動いてたはずのものが動かなくなったんで 急に感覚がガラっちゃって何をどうして いいかわかんなくなったっていうのが僕の 中でのもう 最悪の3年間の始まりだったなっていう 感じですよああじゃそのそれは結構成績に も結びついてますかあ結びついてます 明らかにそれまでのオープン戦の成績キャンプでの成績とそっからの成績がもうドンと落ちるんで ちなみにその事故ってなんか砂田さんこう YouTube の動画になんか実の後にインタビューに答えてるみたいな動画がありましたあああの時ですか はいあれです あれとかなんで僕ぼっとしてるんで僕も何を起きたか分かってないんですよあれ現状 そしたら気づいたら普通に話しかけられて るって思ったらもうここにカメラがあって あと々ああれかみたいなま言たらかめた ところか僕がほ本当に横横の横に突っ込ん じゃったんで僕も鯛で受けちゃってるんで でま多分僕が本当に怪なかったのは僕のこのハンドルのところがエアバック反応しなかったんでそれでなんか体にはそ損傷はなかったんすけどただ芯の部分で結構こうね寝深いなんか塊ができちゃったなっていう なるほど 事故だったっすねなんて言うんですかね 芯の部分の硬さがずっと取れないというか 硬いわけではないと思うちゃわかんないん ですけどこうなんどういう表現をしたら いいかわかんないんですけどその 思ってるより 体が動き切らないっていうのが1番すね 柔軟をしたからいいわけでもなくなんか こうトレーニングをしたからいいわけでも なくっていうのでなんかこう色々やった 結果どれもはまらなくてだ僕横浜時代は ウェイトトレーニングほぼやってないんす よでもよ横浜の最後の年にあもうこれダメ だなってなってなんか買えなきゃなって 思って最後にあのドラゴンズ行った時に ウェトニングをめちゃくちゃやってもう 動かないんだったら動かない中でもう筋肉 で補おうっていうってやったんすけど やっぱそうするとそれはそれで今までで やったことないことなんでそれもそれで 結局合わなくてで2年で結果出ないんだっ たらやめようっと思っ ドラゴズ2年間やってま なんて言うんですかね自分の思い通りに 行かなかったので決心がついたって感じ ですね いや突然も突然すよねもうキャンプ終わり かけだったんであこのタイミングで トレードドってあんだと思って自分でもう 戦力街が終わって でもうキャンプ終わる 秋のキャンプも終わるなと思ってあトレーもないんだと思って気抜いてたら球団から明日スず来てくださいって言われて えトレードなってどこなんだろうっていう感じだったす中日とのトレードで京田さんとトレードしますってことでそうすね いや僕トレードが嫌とは全く思ってはい なくてただ その横浜でのプレイ級生活を決してこう 満足行った状態での 終わりあの生活ではなかったんでやっぱり こうなんて言うんすかねその僕を取って くださった川原さんっていうスカウトの方 がいるんですけどその人 の期待に答えれたのかどうかっていう風に 思った時に僕自身 なんかやり残した部分が多かったなって 思ってそこが悔しかったっていうのはあり ますねやりきれなかったっていう僕が満足 して球団を出ることができなかったって いうのは僕ん中でありますね これもなんか運命だったんのかなって思うのは僕天マチュアから考察でプロ入るのも川原さんで僕横浜からドラゴンズ行くのも川原さん担当なんすよ あトレードにもそういう担当とかっているんですか いますうん そのプロスカウトっていうのがあるのでプロ野球選手をやったらトレードとかの時にあの選手うちで足れないよねっていうこうプロの球団を見て回るスカウトもいるのでプロスカウトとアマスカウトっていう 2つがあるので でそん時に川原さんのプロスカウトにな天マフスカウトからプロに変わへあの担当が変わって川原さんの初めてのプロスカウト の送り出し選手が僕だったっていうのでなんかそこに運命を感じながら トレードは行きましたけど ただなんか僕自身そのプロに入れたのは本当にその川原さんのおかげなので川原さんがいなかったら多分僕はここにいなかっただろうなっていうそのままずプロに入れてなかっただろうなっていう風に思うのでそうですね [音楽] [拍手] なんかその河原さんも僕がドラフトで入る時に指名するってなった時に高田順は NG出したんすようん そのその理由が高校の時にあの東海大山形とえっと日大山形とでうちの冥王高校と 3個定期戦っていうのがあって はいちょうどその年にその 奥村っていうドラフト候補の日代山形にい ましてそれで僕がいてっていうので結構 スカウト人がこうガッて大勢集まった その日があったんすけどその試合で僕が その怪我だったんですよフットボールを腕 に受けてで1ヶ月ぶりぐらいの登板で やっと登板だで僕めっちゃ打ち食らっ ちゃってでそん時にちょうど各球団のこう GMの方々とか本当10球団ぐらい来てで 球団代表あ球団のスカウト部長とかも バーって集まった状態で横浜は そん時にGMを着てたらしくてそれでGM が僕のことを見てヤシとしてだったら取っ ていい当としては取らないって言ってでも 川原さんがそのいやこいつは投資として 絶対活躍できるんでって言って取らせて くださいって じゃあ育成でお前がこいつがダメだった時にお前の首もかけろっていうぐらいそれぐらいの覚悟を持って取る気があるんだったら取っていいって言われてありますって言って取ってくださったっていうのが経緯としてあってま冗談でずっと俺の首かかってるから頑張るよってずっとかけられてましたけど でもその僕が活躍することによって言ったらスカウトの方々はそれを見る目があったっていう部分で評価をされるの で僕の頑張りがその河原さの評価につが るっていう部分で僕はそこをもう踏まえて 頑張んなきゃなっていう風に人の人生を 背うってそういうことなんだろうなって 思いながら その感謝はずっとだからもう河川原さんへ の感謝はずっと未だに忘れてないです 遺跡決まった時に うわドラゴンズかって思った1つは ドラゴンズ最下位ですけど当手人異様に いいんすよそれはもう同じリリーバーだ からこそ分かってるんですけどえ俺は あそこに行くのっていうのが僕の中で正直 今の現状考えてあそこで勝負できる自信 ないなっていう 正直レベル高すぎるって僕の中では ドラゴンズのリリーバーはめちゃくちゃ レベルが高いっていうのは僕の中でずっと あったのでうわここで勝負もう1かけもう 1回かけるのきついなって思ったところで の遺跡だったんで本当正直言うとうわマジ がきつみたいな感じでしたねそうですね なんか本当にドラゴンズに対しては何も できなかったなっていう何もこう残すこと ができなかったなっていう本当に申し訳 ない球団に対してもそうですし本当に立波 さんに対してもそうですしこう本当に何も できなかったなっていう風な気持ちもある んですけどそれともう1個やっぱり その移籍する球団が中日で良かったなって いう部分も僕のん中では あったなっていうのはありますね本当に なんかこう横浜に11年間じゃなくて横浜 9年ドラゴンズ2年っていうこの2年って いうのは僕にとってこう野球人生じゃなく て普通の人間として人としての人生も 大きく変えてくれた2年だったかなって いう風には感じましたね野球ファンが見る イメージしてるドラあのドラゴンズって 怖いとかキビキあなんか規則がすごいとか あの決まりがすごくてでチーム中もあんま 良くないんじゃないかとかそういう イメージすごいあるとは思うんすよ やっぱどうしてもこうあに比べると遊びが 少ない球団に見られというかうんうんこう 遊び心が少ないていうかって思われがちな んすけど意外というか横浜より先週自身は すごい楽しくやってる球団だなっていうの は僕ん中の印象で多分僕ん中だったら横浜 よりドラゴンズの方が選手感同の仲が すごい良かったりとかこんなに脇あいと 楽しくやる球団なんだって思ってなんで こんなこの球団でこんなに勝てないん だろうとかっていうのはすごい感じで逆に この選手のこの子たちのためとかこの選手 のためだったらこのチームのためだったら 頑張ろうって思えたのもドラゴンズのこの 選手の空気感というか選手みんなのこの 感じ本当に雰囲気が良かったからなのかな という風に思います僕ん中ではもう2年 そのドラゴンズの2年間でそれが戻ってこ なかったらやめようっていう決はしてたの でで本当に最後の最後まで戻らなかった なっていう戻し たくても戻せなかったなっていうのはそこ が一番後悔してますけどね それは後悔っていうのはえっとそれは何に 対しての後悔ですか いや難しいっすねなんか戻せたんじゃない かとかその頸癌についても事故に返しては もうどうしようもないんで事故らなければ とかってはなんないですけどなんかもっと こうすれば良かったんじゃないかとか逆に もっと柔軟をもっといろんな治療の仕方と かいろんな方法を咲かせたんじゃないかと かそういうところでもっと自分にできる ことがあったんじゃないかなとかっていう 部分の この後悔が多いすね 砂田さん的にまその終わり方っていうのはどういうどのぐらいのタイミングでどういう風にこう決断されたんですか?そうですねあの僕の中でやっぱりまずっと 2 軍にドラゴンズでじゃ一軍に呼ばれましたってなった時にその僕の成績がよ って呼ばれる場合とその怪我とか成績不 あの上のピッチャーの子が成績不審で 入れ替わるよってなった場合とってなった 時にじゃあ今の自分がその上にいる ピッチャーの子たちの補填をどれだけ僕が できるのかっていうその子が100%だと したら僕は何%その補填ができるんだろ うって思った時にプロだったらやっぱり 80%ぐらいは最低でも補テできる能力が ないとダメだって僕自を思ってはいたんす よでそっからま言うたら自分なりの持ち味 を出しながら100以上の結果を残すそれ がやっぱ一軍に残るってことだと思うので でも僕の本当に去年ですかね去年のこの 時期ぐらいからまドラゴンズの橋本と斎藤 と2人その上で投げてるのを見た時に この2人の補填を俺何パーセン今できるん だろうって思った時に 60あるかないかだなって思っちゃったん すよって思った時にあ このかこの感じになった時点でもうダメだ なって思ってやっぱ自分にも全く自信持て てないなっていや俺こいつのよりでき るっていうのが その見えなくなってしまったっていうのが 今の自分を考えた時にそうこいつらより いい成績を俺は残すっていう自信がないっ ていうのとそれをどれだけカバーできる かっていう部分で 半分ちょ半分よりちょっとぐらいしか カバーできないなっていう感覚でしか なかったんであもうこの感覚になったら もうプロとしては 第1戦で活躍するのは無理だなって僕ん中 でなったっていうのがその引退をしようっ ていうそれがちょうど本当に5月の後半 ぐらいから6月の頭にぐらいにかけてそれ をすごい感じるようになってそれでですか ねその6月ぐらいからやめる方向を ちょっとあに入れて考えるようになっ たっていう感じですね それは結構プラ級選手としてはかなり珍しくないですか?普通はね戦力外っていう風に球団からこう言われてはい 決断する ケースが結構多いのかなと思うんですけど あそれ単純に僕のプライドです やめ自分から言おうって決めてたのは自分のプライドの問題すね 単純に誰かに自分の野球人生終わらせて 欲しくないって思ったんでやめるんだっ たら自分でやめますって言いたいっていう のはこれに関してはあの一生思ってたこと ずっとプロ入った時からずっと思ってた ことだったんですよそのプロ入った時点で やめるのはもう自分の意思でやめ るっていう風には決めていたので戦力が いいっていう風に自分の中で感じた時にで 自分が無理ってなった場合 自分の口からやめますって言おうと思って たんすよじゃもっと前に戦力にな るっていうあれはなかったのかって思う 多分みんな思ってると思うんすけど その自分の感覚で行くとまだ大丈夫っての もあったんで それまでは言ってなかったんですけど去年 に関してはああのまま行ったら戦力外 だろうなっていうのは僕自身も感じていた のでまここが区切りだなって思って 引退っていうのを決めたって感じですね それはまず最初にどなたに報告したんです かそれは1番最初は妻に言いましたね ちょっとごめんっていうのをもう6月半ば ぐらいにちょっともう今年一杯で 野球は引退するわっていうのは伝えました ねまあいいんじゃないっていう感じで じゃあやめるんだったらやめるなりに次の 仕事とか次に何するかとか次のことも ちゃんと考えといてねえぐらいですよなん かそこを止めるというかもないですしその それに対してなんかああだこうだ言われる ことはなかったんですねであの2軍の監督 当時は井上さんには 8月の本当に末に言わせていただいたって 感じですいやみ早くないって感じですどう したみたいな感じですそうですよ何を そんな早く決めるんだみたいなもったい なくないかみたいな そのもし戦略なったとしてもならなかった としてもまだやれる可能性あるだろうって いうのはみんなに言われましたね木塚さん に言われたのはプ級の中で自分で引れる人 って1握りしかいないそのやっぱ未練が あったりとか後悔があったりとかっていう のでやめきれない人がいたりあとはその まだやりそのまだやれるって思ってる ところで占領くらってどこも取ってくれ ないとかっていうので自分の意思でもう 満足したからやめようとか自分の覚悟を 決めてもうこれで引退しようって決めれる でプロの中でも少ないしやっぱそこって1 つの自分の妹でやってきた人生を終わらせ るっていう部分に当たるわけだからなって いう話をされてそれで僕がでも自分の意思 で決めたんでしょって言われてあ僕が決め ましたって言ったらまそういうところで なんかサバサバしてるじゃないけど しっかり自分の意思を持って行動できる 考えれるっていうのは本当昔から変わらず よしのいいところだしよしらしい部分では あるからそこに俺は何とも言わないしま一 ことあるとしたら本当にま11年間かお 疲れ様っていう感じでお話いただいたって 感じですね 最後は横浜でしたね最後に横浜ファンの前 に顔を出せたっていうのは僕の中ですごい 良かったなとは本当についてるなって思い ながらあの台風の影響でその3日間試合 中止かなんかで えこれもしかしたら最終戦横浜線あるん じゃないかと思って本当にそのちょうど 最終戦最終戦じゃないとこうセレモニーと かをやらせていただけない感じだったんで どうしてもどこの球団もCSR争を ギリギリまでやっちゃっていたのでできれ ば最終戦横浜がって思ってたところで本当 運良く回ってきたって感じです投げさそう 投げさせてくださいとは一応言ったんす けどまドラゴンズも再開争いをずっとして たのでまそこでちょっとこうチーム事情的 にも投げさせれないっていう風に言われて まそれはそれで仕方ないなって思いながら ただそのセレモニーだけはやらしてくださ いっていうのでやらしてもらえたんでそれ はそれで最後良かったかなっていう感じ です その時に何をもらったんですか えっとですねしあの C初初めてCS 出た年ですかねのやったら登板してる時の写真写真てというか写真とあとはその本当に当時僕が一緒にプレイしてたそのリーバーの方というかその人たちからの寄せ書きでしたね 当時を振り返ってもやっぱあのメンバーは 僕ん中でも すごいいいチームだったなっていう風には 思っていたのであの外国人で言ったら エスコーバーであったりスペンサー パットンであったりとか安さん三島さん三 さん平田さん田中賢郎さんで僕がいてって いう中でで先発今さんとかやっぱそういう いろんな方々 と一緒にCS日本シリーズっていうのを 戦えてそれができたっていうのは僕ん中で すごい嬉しくてやっぱ そういうのをやってくれたのはやっぱ あそこでプレイしててよかったなっていう 風には本当にあれは僕も知らなかったので までもあれをやろうって言ったのや安や さんがやろうって言ってたく言ってくれた みたいでまそういう部分ではヤさんには 本当感謝だなって と12月1月2月ぐらいまでは野球やって ない感じはなんか気持ち悪いというかな なんかすっきりした感じはありましたけど やっぱ体動かしたいなって思い出して今は 名古屋のその南式の社会人チームの方で 一緒にプレイさせてもらってはいるんです けど またなんか野球に関わりながらこう仕事も これからは野球復興とかまなんか選手とし て何かをしたいっていうよりは人を教育 する立場となってやっぱ野球 に関わっていきたいなっていうのはこれ からもじゃこれからはすねこれからそこに 力を入れていきたいなとは思ってます やっぱ野球をやるにあたって1番大事な のって親だと思うんすよお母さんお父さん がいかにその関わってくれるかっていう ことがすごい大事なのかなって僕は思うん でその関わってもらえるためにまずはこう 一緒にこう野球をやるっていう風なのが 大事なんかなと思うんでそういう子供と親 が一緒に触れ合いながら野球をできるよう な言ったらイベントというかそういうのを やっていけたらなっていう風には思って ますねそことま個人的にもその昔からやり たかったこともそうですねはま僕自身その お酒というかコーヒー紅茶だったりとか 料理が好きだったりとかそういうスイーツ が好きってのもあるんでなんかそういうの を仕事としてできないかなっていうのは ずっとあったのでまあのもう1つそういう のもやりながら野球復興もやりなて いうので野球復興だけだとやっぱり難しい 部分もあるのでそういう部分でいろんな ことに挑戦しながらやっぱ ここ まで野球を頑張っていろんな挑戦をしてきたんでそれを今後別な社会人として別なことでろんな挑戦をしていけたらなとは思ってます またあのセカンドキャリアを応援しておりますので はい頑張ってください ありがとうございます ごありがとうございました ありがとうござました [音楽]
※途中飛行機のノイズ音が若干大きくなってしまいます、申し訳ございません🙇
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⚾️今回の主人公⚾️
砂田毅樹(すなだよしき)|横浜DeNAベイスターズ〜中日ドラゴンズ
1995年生まれ
2013年ドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから育成1巡目指名を受けて入団。プロ2年目の2015年に支配下登録。
その翌週に地元札幌でプロ初登板のマウンドへ上がり、大谷翔平と投げ合う。
2022年のシーズンオフに中日ドラゴンズとトレードで移籍。
2024年に自らユニフォームを脱ぐ決断を下して、引退。
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00:00 ダイジェスト
01:26 コラボまで果たしたラスカル秘話
04:37 激白…野球人生を変えた“交通事故”
08:59 電撃トレードと河原スカウトへの想い
13:57 引退を決意した中日2年間の裏側
24:25 最終戦セレモニーでDeNA投手陣からサプライズ
27:02 砂田毅樹の未来
【最終戦セレモニー映像】(中日ドラゴンズ公式チャンネルより)
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