5月20日、マツダスタジアムのお立ち台に、2人のドミニカ人選手が上がった。ともに来日1年目のサンドロ・ファビアンとエレフリス・モンテロだ。広島打線を活性化させている彼らの傍らにはいつも、通訳のフアン・フェリシアーノがいる。

 フェリシアーノはカープアカデミー出身の元投手で、2004年から06年まで広島でプレーした。150km近い直球を武器とするパワーピッチャーだったが、通算20試合登板で0勝4敗。日本で白星を手にすることはできなかった。それでもかけがえのないものを手にしたと感じている。

「私は練習生だったときからカープでプレーして、日本がとても好きになった。礼儀正しく、相手をリスペクトする日本の文化も好き。あのときからすごいピッチャーだった黒田(博樹)さんがすごく優しかったし、今、監督の新井(貴浩)さんも、投手コーチの永川(勝浩)もみんな優しかったから、すぐにチームに慣れることができた。ここでずっとプレーしたいと思っていた」

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 支配下選手としてプレーしたのは3年と短かったが、カープとは不思議な縁がある。

 17歳頃にレッドソックスのアカデミーに入団したが、本土行きは叶わずに退団となった。そのときオファーをくれたのは、カープだった。レッドソックスのアカデミーがカープアカデミーのグラウンドを借りて練習していたこともあり、球団関係者がフェリシアーノの存在を知ってくれていた。迷うことなく、そのオファーを受けた。

「私はカープに二度助けてもらった」

 広島退団後はイスラエルや母国ドミニカのウインター・リーグ、メキシコでもプレーした。メキシコでは開幕投手を務めるなど期待されたが、左膝を痛めたことで2年目のオフに退団。手術する猶予もなく、再起を図ったニカラグアのウインター・リーグで痛みに限界を感じて、引退を決意した。母国に帰ったタイミングでカープがアカデミーの現地コーチを探していたことを知り、運命のようなものを感じた。

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