【vol.4】13勝17Sで与田剛と新人賞争い〜2年目17勝投球回数240の異常性
[音楽] いきなりが北府さんの後だったんですよ。それが逆に僕も力が入ってビュンビュンにものすごい玉入ってリリーフになってからカーブを磨いたというかいう時点カープを優勝するわけですけど 1年目13勝ですよ。途中から うん。リリーフもあったんですよ。 そうか。時ってリフと両方やってた。 はい。で、あの津田さんが うん。 あの、それもジャイアンツ戦じゃないですか? ジャイアンツ戦にうん。 原さんにうん。逆転が打たりとかなんかで うん。民球場ですよ。民球場ですね。 はい。 逆転ホームランが逆転中で負け投資になって、それが うん。何月ですかね?5 月ぐらいですかね。 うん。 で、そん時に初めて多分あの、ちょっと体調がいいと うん。 ちょっとずっとなんかキャンプ中から頭痛いってずっとやってたんですよ。 うん。うん。うん。 で、体調悪いとか、ま、やっぱ自分の力で発揮できてないっていうのもあって うん。うん。うん。 で、ま、病院行かれて、 ま、そこで一応抹勝になるじゃないですか。あの、ストッパーがなくなったわけですよ。 ストッパー。はい。はい。 はい。で、僕そこまで順調に勝ちしてこう行ってたんですけど うん。うん。ある時、その王子さんが 監督はおさえしようと。うん。今日から うん。うん。 今さ、でも考えられない当時ってそういうのがありましたよね。なんかなん、 10勝、10成みたいなはい。だから だから5月の終わりからうん。 けしろって言って僕まだ1年目ですよ。 うん。5 月からちょまだ1ヶ月ちょっとしか経 そうですね。5 月の終わりだったと思うんですよね。 うん。で、 え、僕でいいのかなっていうのがまず うん。そういう気持ちと でも言われたらはいしかない。 まあそうですね。嫌はないす。 はい。はい。はい。だからはい。 分かりましたと言って、 え、リーフになりました。そっから リリーフっていうか、ま、今のうクローザーでしょ。抑えだから はい。9回。でもその当時は9 回だけじゃないんですよ。 そう、その当時。そうだな。下した7 回から投げてましたね。3 イニング投げたりな普通だったですよね。 もうイニングたのが当たり前で うん。3 イニングも投げたことありますし。 うん。 で、いきなりが北プさんの後だったんですよ。神宮で。 [音楽] ああ、北ペプさんの後。 はい。勝ち投書の権利を持ってた。 うわ、ま、来た。ちさんも200 勝か。ま、何かって ああ、1 番プレッシャー上がる中のそれも1 点再生た21か10 か言ってと思うんですけど。 それが最初のクロ。 はい。クロであ、もうこれだけは緊張しない。今でも覚えてますけどね。 ああ。ま、なんとか勝って勝って で、それが一斉ですね。 ま、自分だけのことだったら、まだしも人のそう記録みたいなものがこう絡んでくると はい。 ま、嫌、嫌っちゅうか大変ですよね。 いや、本当ね。うん。 ま、そういう最初にいきなりセーブ上げたからまだいるんですけど、 本当にもう怖いです。 でも1 年目に変わったじゃないですか、途中から。で、 2年目からまた先発戻るんですか? はい。だから 両方いや、1年目5月終わりからやって9 月にまた先発したんですよ。 うん。先発戻る。はい。おお。で、その5 ヶ月間うん。 4ヶ月間ぐらいう ん。うん。あの、リして最後9 月は、ま、新人王というのもあって ああ、はあ、は、新人ありますよね。 で、ま、来年のためにっていう感じで、また 9月の最後何者いか先発をして うん。 で、新人王っていうと、ま、与田さんがちょっと衝撃されてるんで、もう 150kmよってぐらいで うん。あの当時の150 球出ることないピッチャーがやっぱ150 連発。そして30セーブ上げたと。 うん。うん。 だから、ま、新人はもうほぼよさんだろうなって言いながらも、ま、僕も 13勝、ま、17セブしてるんで。うん。 13章、17セーブ。はい。ま、30 西部に筆匹敵しますよね。 まあ、そうですね。だから、ま、インパクトがちょっとさのありすぎて うん。で、でも、ま、最後まで、え、 真獣を取れという感じで、ま、最後1 体で完封した時も うん。加藤弘さんの引退事なんですよ。 うん。うん。うん。太陽の はい。で、1 体例で行ってたんで、だから普通は、ま、ま、打ってくださいじゃないですけど、ある程度 うん。 ま、力抜くわけなく、ま、真ん中投げて、え え、ていう、 ま、紹介でもありましたけど うん。うん。 もう新人だし勝ちたいに。 ま、点差もね、1体でうん。 で、加藤さん、ま、入った瞬間にもう救助もあのすごく完成湧くしそれが逆に僕も力が入って もうビュンビュンものすごい弾行ってうん。 [音楽] 三振ですよ。ま、 空気読めよとか言われて、 そういう感じでも後から加藤さんにすごく言われたんですけど いや、空気読めないですよ。1対0 だもんね。そうなん対0 ぐらいだらちょっと1 本ぐらい歌してもいい。また1 年目なんでもう本当に無がむ中して投げるしかないんで。 そういう歌すとかなんとかいう頭全くなかったんで。 うん。うん。うん。うん。 ま、そこ、ま、カ封して1体勢で13種 うん。 ま、これでどうかっていうぐらいだったんですけど うん。 ま、新人ません。目標はこんな感じでしたね。 へえ。 はい。中止自体も成績は良かったんすか?じゃあ 巨人がぶっちぎり優勝なんすよ。 ああ、そうそう。巨人がぶち切り勝った。はい。はい。 はい。20何ゲームかで2 位がではあ。3 位かが多分中日だったんか。 うん。そういうのも中日が行ったんだ。 全然ま、優関係なく優勝してればね、そんなあるかもしれない。 ちょっとありますよね。そういうのはね、 もう9月の10日ぐらいでも多分10 何優勝されて巨人が9 月のもう頭に買ったあんの時88 勝ぐらいしたんだよね。130試合性で はい。そうなんです。うん。 でもそっからたらもう今CS とかないんで、 もう消化ゲームじゃないですか? 消化ゲームですね。 あ、そうか。そういうことか。 で、1年目の9月にまた先発も持って2 年目、3年目はもうずっと先発 そうですね。この2年目からは先発で うん。ま、9 時点に、え、カープが優勝するわけですけどうん。うん。 うーん。ま、これはもう途中からお前の中 4 日でとか、ま、お前中心回すぞっていうのはうん。 え、オールスター家から うん。うん。言われましたね。へえ。17 章。そうですね。すごいな。17章で中4 日が13試合ぐらいだったんですかね。中 4日。はい。 ね。ま、ここで入れるぞっていう時には先発して中 3 日でリリーフしてで3日で先発してとか うん。めちゃくちゃあったす。今絶対考えない。 全ないすね。だからもう中日がオールスターまでに多分 7 ゲームぐらい開いてたんですよ。1位と2 うちと。うん。うん。 [音楽] [音楽] でもオールスからそう勝負だということで僕も中も回ったりそういうスクランブルでリフして先発とかで名古屋の天皇山これ 3連勝しかない時に3 連勝してひっくり返したりとか うんうんうんうんうんもうその9 月というのは本当に劇的だはい13 試合であん時多分242 人になりましたからね242 人試合って規定投球回数で130 でいいんですよね。あ、試合室でいいんですよね。 あ、そうです。え、200、240 ですね。倍近く。はい。 じゃ、もう給料なんかこんな上がるでしょ。こんな、 え、こんな持って帰れないぐらい上がる。車のトランプに詰めない。 車のトランプちょすいません。軽トラに乗り換えてきますぐらいの給料上がるでしょ? いや、今だったらね、すごい、今だったらすな。いや、もう奥なんかは軽いですよ。何億かが問題ですよね。 でも3年間ずっと2 桁買ってきて、その特に2年目17 勝して優勝してはい。で、4 年目にちょっと設置がタっと落ちるじゃないですか。あの見てると そうですね。で、あれ何かあったんすか? 怪我。いや、怪我じゃなくて、ま、3 年目に本当に、ま、17 勝した次の年も、ま、体そう、そこまで動いてないなっていう感じはしてたんですよね。 [音楽] 疲れは絶対ありますよね。はい。 で、ま、それでも12勝したわけですよ。 うん。うん。 あ、調子悪くても、あ、こういうピッチング 12勝、10 勝はできるんだっていう、ま、僕のそういう悪いとこが出たと思うんですよ。その 4年目は。 うん。悪いっていうか、ま、自分では掴んでるつもりですよね。うん。 はい。しったら4 年目になると本当に今まで思ってたスライダーがそんなに曲がらないとか、まっすぐもちょっといや、ちょっと自分真っすぐじゃないなとか うん。てていう、 [音楽] ま、不安がありながら入ったと思うんですよ。 うん。 で、そのシーズンもいいピッチングして1 対0、2対1とかで負け こともあったりかと思えば初回にお盆ンと点取られて ノックアウト。うん。 で、1/3 で市民球場所で5 点取られて負けたわけですよ。ノックアカアウトです。だ、みんなからま、野村健二郎さんが、あ、もうこれ以上悪くない。 これ以上は落ちないから、もう次大丈夫だ。次だってあの 1 なるなるからって言って子園に乗り込んだらこの 1/3だったんですよ。で はい。うん。1/3、1/3 が続いてもうちょっと立ち直ないなっていう。 うん。うん。ことアウト取れないってこと? 取れなかったんですよ。 ホームランとかもう本と5点6点1/3 で打たれて それって何なのかな?日が悪かったのかな? いや、 日が悪い時もあったんですよ。で、それでまた次は 1対0関しても1対0負けるしたら 勝ちがつかないと時もあった。 で、こさんがもうこれで大丈夫だ。もう次は勝てるぞ。いいピンできるぞって言ったらまたノックアウトとかそういう繰り返しの長 ながらもう僕は1 回ちょっとリフレッシュというか うん。 もう気持ち的にもう投げるのが怖いし うん。お払いしたい気分。 はい。申してちょっとあのに行きたいですということをコーチも言ったことあるんですけど 生かしてもらえなかったんですよ。 うん。うん。うん。 だからこそその17 杯ってのがつくわけであって投げてもある [音楽] でも182人ぐらい投げてんですよ。 へえ。その調子な17 杯することもある意味すごいことですよね。 そうなんですよ。普通あれはもう投げ刺さないのでファーも落ちるんですけど。 うん。うん。 落としてもらえずもう投げろという。 うん。 でも逆に考えたらその怪我とか故障じゃなくてそれぐらいそこまですごい成績を残したピッチャーが 17 位するって。ま、もちろん勝ち負けは先ほど言われたようにこう打線との絡みもあると思うんですよね。 だけどなんでそんなに急に何かあったのかなと思ったらやっぱ疲れも溜まってて まあそうですね。あ、 ちょっと落ちるとやっぱピッチャっていかれますもんね。 うん。 だから急速にして、ま、ホームの崩れからやっぱり うん。同じスピードでもホームちょっと崩したら うん。バッタからそう感じない。 うん。 速さがちょっとあ、お早くないな。でもいつもの 145km多い じゃないのと思ってもやっぱりちょっとなんかタイミング取りやすいなっていうこともあるじゃないですか。 ありますね。はい。 だからそういうこともあったりでやっぱり変化球の切れっていうのが 1番じゃないですかね。ああ、 僕1 年目にね、今はもうスライダーっていう意味で多分あったと思うんですけど、 [音楽] そのスライダーの綺麗がも全くなかったと思うんですよ。うん。 シュートスライダーですか?基本は スライダー。 あの、当時はスライダーですね。 スライダーですか?でもね、カーブ投げたでしょ? そ、途中からカーブというのが 俺ね、カーブが嫌だったの。 はい。 さと対戦して、もちろんスライダーとかもうものすごいいいコントロールできれもあるんだけど、 あの、カーブがすごい な、なんて言い方した。邪魔なボールで。 あ、そうな。 ああ、うん。 あの左バッターで右ピッチャーのカーブが嫌ってなんか意外な感じするけど、あと西村っていうピッチャーがえっと、 彼のカーブも嫌だった。 だ、西村さんのカーブと佐子さんのカーブはもうなんか独特なんすよね。バーンって上に上がって昔言うドロップみたいなでかいなんか こう落ちるだけじゃなくて1 回上がって上からこう落ちてくるような そうですね。だからバッターが1 回こう上向いてしまうんですよね。 いや、空振りするんすもん。 あってカーブで 当てるのには結構自信あったんだけど、あの子カーブで空振り上がるのか首が上に はい。はい。 それは僕あの調子いい時はやっぱりバッターがお上がってる。 ほんで自分でパーンって打ったと思ってもうボテボテって壊すところがあ 本当邪魔なボールです。 あれ途中からですか? ま、ドローンとしたカーブあったんですけどやっぱりスライダーずっと投げてたんで うん。うん。 で、リリーフになってからやっぱりスライダーだけだと思ってもう 1回カーブを磨いたというか。 うん。ああ、リリーフになってから ああ、 ま、投げてたは投げてましたけど、そんなにあの、ま、パワーじゃないですけど、ドローンとしたカーブだなのが 1回浮くような感じになったのは うん。途中からだと思います。 じゃ、まっすぐカーブスライダーほんで最後シュート。これ 4種類ぐらいですか? ホークもちょろたまに投げてましたけど。 ああ。 で、シュートも結局覚えたのは99 年ぐらい、98年ぐらいからですね。 じゃ、98 年ってもう俺引退してるからシュートなかったんだ。俺対戦した時入ってくるボールだけだったんだ。 そうですね。スライダーですね。 うん。で、1999年に15勝13 カ東じゃ考えられないでしょうね。13 カ東 ノヒノがあすごい年ですね。99年。 これでまた これは何を掴んだんですか?そこは。 ここで、え、ま、98年にうん。 ま、達川さんに変わって 監督がうん。 で、ま、僕もちょっとうん、落ち気味なリリー先発したりっていう うん。 う、時期があって、そんなに成績収まってなく、 ちょっともう加工気味の時に うん。 ま、嫁が、ま、このままだって終わるよと。 うん。 [音楽]
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今回のゲストは、先発から抑えまで、あらゆるポジションで投手王国広島カープの屋台骨を支えた佐々岡真司さん。
コロナ禍のチームを護りぬいた一軍監督としての苦労まで、広島カープとともに歩んでこられた野球人生をたっぷりと伺いました。
◆佐々岡真司さんプロフィール
選手歴
島根県立浜田商業高等学校
NTT中国
広島東洋カープ 1990 – 2007
監督・コーチ歴
広島東洋カープ 2015 – 2022
◆目次
00:00 オープニング
00:13 抑えとしての初めてのマウンド
01:33 与田剛との新人賞争い
01:33 2年目17勝で投球回数240
04:25 4年目の不調で17敗
07:22 独特なカーブの習得
◆投命を刻む右腕★佐々岡真司
【vol.1】広島カープを守り抜いたコロナ禍の一軍監督 佐々岡真司
【vol.2】大社高校 vs 浜田商業 甲子園出場をかけた最後の闘い
【vol.3】大豊作のドラフト同期は野茂・元木・潮崎・与田・古田・佐々木主浩・前田智徳
【vol.4】1年目13勝17Sで与田剛と熾烈な新人賞争い〜2年目17勝投球回数240の異常性
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