広陵・髙尾響も認めた天才・吉岡大和。右半身麻痺でも甲子園を諦めなかった理由
福岡県野形市にある大和西南 高校110年以上の歴史を持つ私立高校で 2002年に女子校から男女驚愕になり それに伴って野球部も 誕生総部当初は軟式野球部でしたがその後 公式野球へ移行し甲子出場を目指して練習 に励んでいます が今年特別な思いで最後の夏を迎える選手 がい ます3年生の吉岡大和 選手チームでは3塁のランナーコーチとし て貢献していますが実は右阪神に麻痺の ある状態でプレーを続けてい [拍手] ます入学当初は感を投げるのもやっとでし たがこの2年間で距離も大きく 上その野球への下向きな姿勢は他の選手 たちの大きな刺激にもなっていると言い ますやっぱ仲間が応援してくれたのと やっぱ野球が大好きっていう気持ちがあっ てここまで来れた思い ます距離で言うとはい 当初は館もまあ番行ってもふじボルててい たのが最近ではあの境目のところまで吹い たり霊感をシと投げるようになりました うんそんな吉岡選手元々は野球エリート でした 2年生の時に地元の少年野球チームクテ ベアーズで野球を始めるとその類いまれな 野球セスで小学校4年生でレギュラーの座 を掴み ます6年生の時にはプロ野球の選抜 ジュニアチームの1つである福岡ソフト バンクホークスジュニアに選ばれなんと チームのキャプテンにも 就任中学校では豪塚ボイズに入団し同級生 には現在のドラフト 候補高校の高尾日投手 や長崎日大高校の西尾ミート投手などが 在籍その中でも吉岡選手は早くから チャンスを与えられ火ながらチームを 引っ張る存在でし たあの 学みたい見てやっぱ徳さんとか大阪さんと か横野さんとかやっぱテレビで見ていて 更新によく出れる高校がたくさんあったん で自分も入ればその強校にけるんではない かと思っで入りまし た中学2年生になる頃には早くもなだたる 名門校からスカウトされるようにもなり 出場の夢が確実に近づいていまし たそんな矢先吉岡選手を魔が襲い ます父誠一さんは当時の壮絶な状況を 振り返り ますえっと夜中の2時夜中の2時にえっと ま自分がたまたま朝次の日早いっていうの でちょっとソファーで寝てたんですよねた 上でて音がしてでなんかねと思って目が 覚めてで上行ったらあの頭が痛い吐き気が するっていうことでもう汗だくの状態で あの古全身みたいな感じでちょっとあの扉 を開けるとそこにもう倒れとった感じだっ たんですよねでもう汗がすごかったんでま ちょっと水飲ませろうかなと思ってこう 抱え たら痛い痛い痛いってなってまちょっと これちょっと普通じゃないなと思ってすぐ 救急車うんで病院に行ってあの黒崎の九州 病院っていうところに行ったらもうすぐ 手術しないとあの死にますっていう風に 言われてで最初にあの右の少のの出血が 大きい出血が見られるん で手術すると前にあの右半神が麻痺になり ますっていう風に言われてあの嫁はもう 野球できるんですかっていうすぐ言ったん ですけどこれはちょっと分かりませんで 手術した後にあのこの3ヶ月であの動か なかったらもう一生車椅ですっ て寝ていて夜中ぐらいに急に通が来て起き たらなんかもういつもと近うような頭にた でうんとにかく あのまつにな もう親みに行きましょう はい手術は無事成功しましたが行為勝は 残り吉岡選手は右阪神麻痺の状態 に最初の1か月間は右手が全く動かない 状態でしたがそれでも野球への情熱が 消えることはありませんでし たくらいしたら少しこう動き出したんです よね うんであの本人が最初に言ったのがその夏 の選手権の前だったんでうん本人は夏の 大会に間に合うかねっていう風に本人から 言ってきてまあ心の中ではもう絶対無理 やろって思ったんですけどもうお前次第 ぞってお前がリハビしっかりやればもしか したらベチに入れるかもしれんってもう それしか言えなくてまあ こにはじゃあ 頑張る中国の中も応援してくれたりしたん でどうしても帰りたいな思いがありまし たやっぱ 早く早くこの輪に加わってやしたいなて 思いが1番強かったです はい復活を信じてリハビリを懸命に続け時 には車椅子で飯塚ボイズの練習に顔を出し チームメイトからパワーをもらってまた リハビリに励む 生活そんな吉岡選手の姿から当時の チームメイトもたくさんの勇気をもらった と言い ますその1人丘陵高校の高尾響き投も彼の 頑張る姿が大きな励みになったと振り返り ます 本当 に こうまチームの中心的なこう存在でま自分 もま1年生からこう一緒にやってた こう選手なんでまそこはこうずっと信頼を 置いてやってたんですけどまそこで こうま倒れてそっからこう野球ができない 状況っていうのがこうあってもう歩くのも 全然できないっていうその状況で自分は 聞いて本当に こう悔しい自分もこう悔しいところもあっ たんですけどまこう山本が その車椅子でもそのグランドにこう出てき たりしてくれたんでそこでこう自分たちの こう励みとなったところもありますし そこ で その大和にもこ1番チームの中では感謝し てる そのま選手ですし うんその自分たちがこう1番頑張れたのは こう大和の方がいいかなと思いまし た進路選択のキロに立った時も思いは野球 を続けたいという一心でした 少しずつ体も動かせるようになりながらも リハビリも道半ばというところで中学野球 を得た吉岡 選手飯塚ボーイズの恩師春山創生監督の すめで地元の大和生卵高校に進学し完全 復活そして甲子園を目指すことになり [音楽] ますえっととりあえずもうあの今まで 選べる状態だったところから もうま野球ではまず行けないなっていう ところでで実際勉強してま自分が行ける とこってで原山監督の方からあの野球 続けるんやったらあの俺が探してやる ぞって晴山監督野球を続けるかどうか本人 はやりたいってでやっぱ原山監督も いろんなとこに声かけてくれてでセラの方 がうちで預かりますっていう話 でで心のどっかでやっぱりその甲子園に 行けるところにその試合に出れなくても そういう思いが多分あったと思うんです けどうんま現状を見てここでてやれって うん そのテレビで見たらいつも甲子園とかあっ て応援もすごいの そこでプレしたいなは十分あり まし指導する野崎健二監督は入学当初は 不安も多くあったそうですが驚異的な回復 を見せる吉岡選手に日々驚かされまた他の チームメイトにとっても大きな刺激になっ たと言い [音楽] ますそうですねもうあの麻痺が残ってるは 聞いてたんですけどどれぐらいのもんか なっていうのをも実際見たことがなかった のでまあの初めて見た時にちょっと やっぱりこう走る姿とかもやっぱりぎこち なかったしキャッチボールをいざしてみて もボールを取ることすらですねちょっと まらない状態でなんて言うんですかねこう ボール投げたとしても累かも届かないま 半分ぐらいですかねえの状態でちょっと この子正直ですね3年間大丈夫かなって いう風に思ったんですけど本人がもう3 年間やりたいとえ一緒にみんなと同じ メニューでやりたいという風に言ってき ましたのでもうそこはですねこう特別 メニューは組まずにあのみんなと一緒の メニューをやるようには心がけてました はいあの子がああいう形でえやっぱり高校 野球を3年間やるという意思を持ってえ うちに入ってきましたので員たちもですね もうやっぱり大和があんだけやってるん だったら自分たちもここでこう妥協はでき ないというかはい諦めてこうなんか7にし たらいけないなっていうところでうんそう いうのはすごくこう随所でこう感じること ができましたね はいしかし復活への道は決して平坦なもの ではありませんでし た活躍する元チームメイトを横目に思う ように動かない自身の体と向き合う 毎日焦りとはさとの戦いでもありました どうどう するうんすごいなっていう反面自分が こう自分もここまで行きたんだろうなって いう気もありまし たあ今までできたできていたことができ なくなってあちょ自分自身ではち思いが 強くてやぱ しました うんそうですねやっぱ休みの時もやっぱり お父さんキャッチボールしてって自分も しったけどもう本当にどこに行くかわから ない状態 でもう本人もやっぱもうイライラしてるの が分かってるんですよねもう自分が思う ように投げれない思うようにバットがくれ ないイライラしてる中でやっぱ自分がどう いう風に声かけたらいいのかなと思い ながらでも道な努力で投げる力は確実に 伸びていきまた3塁コーチャーとしても チームに欠かせない存在になりまし た仲間にも恵まれ迎える最後の 夏吉岡選手は中学高校で出会った仲間たち に感謝の気持ちを持って大会を迎えたいと 思いを語り [音楽] ます1番はこのチームの中ででサポートし てうん一生で多くすることで うんあとは響ニトとか他のチームメイト で色々やってきた仲間も頑張っているんだ と思って一瞬に頑張っていきたいなと思い ますえま多分スタメンで出ることはないと 思うんですけどやっぱり最後の あの代打でもいいんでやっぱり今まで小 学校からずっとしてきてやっぱここ1番で 打つ姿っていうのはもう自分がずっと見て きたんでその最後のまどんな展開になるか わかんないですけどその一座的 にま今いろんな方からねあの大和土って いう風に話が言われるんでまそのみんな やっぱり心配してくれてるんでうんもさも も本人にもあの最後この1ヶ月もうシぐい でやれよっていう風に伝えて ますそしてかてのチームメイトも吉岡選手 へエールを送り [音楽] ます本当にこの野球ができないって言われ て こうずっとやってきてそっからこう野球が できるよう に誰よりもこう努力してやってると思い ますしまそこでこの最後の夏までそやり 切ってい るっていうのは本当に そこ自分をこう励ましというかもそういう のになります し本当にこう最後はその悔のなくその最後 までやり切って頑張ってほしいなと思い ます月日 岡選手の最後の挑戦が始まろうとしてい ます [音楽]
大和青藍高校の吉岡大和選手は、中学2年生で患った脳出血の後遺症で右半身麻痺の状態でプレーしています。かつてはホークスジュニアで主将を務めるなど、野球エリートだった吉岡選手。最後の夏に懸ける思いとは。
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