【クリアソン新宿OB】大谷真史という男の人生がまるで漫画です。

あ俺ベッドの入れてサッカーどうなんや うんこの1年の感情とか体験って人生で 2度目はないだろうなってうんあれに人生 最後のゴールとあそうですね過言であ ゴールは別に好きじゃないですけどクリア ソンで味わった感情は本物うんクリアソン OBに話を 聞こうということでえ今日はクリアソンの OBである大谷正さんにお越しいただき ましたよろしくお願いしますお願いします えマシはいという相性で2019年と 2021年えま1回チーム離れたんです けどクリアソンに在籍していた選手でま 記憶にも新しいですがクリアソンが今戦っ ているgflに昇格した時にえチームにい てまホワードとして最前線のチームを 突っ張っていた男ですはいで僕も当時え 一緒にプレイをしていたのでえっと マーシーと呼んでいたので僕の1個下なん ですけど今日はマーシーということで行か せてもらおうと思いますはいまこれリク さんでいいですかあ大丈夫ですあの早速な んですけどはい大谷正という男の人生を 振り返っていければと思います はいまず1994年山口県隊長ああ地元 山口県ですね地元山口です岩国岩国岩国 はい最高のところです最高のところはいえ 2007年広島ジュニユスユスここでま 広島のアカデミーでえっと中学生から高校 生まで育ったって感じですねはいはい同期 とかは同期は今広島の野田学とがま1番今 出世頭で本当に頑張り出言いますいいと 思いいいと思いますいい表現だと思います そして駒沢での4年間を経て最初は国内で チームは探していた全くです全くなんか そうなんだもうあこれ言わせてもらうと ここの時にうんスの時に高校3年生の 夏休みも僕海外行きたいと思ってたんで 海外参したいそうですうんでえスペインに トライアウトに行ってそうなんだそうです 3部のチームになん引っかかったんですね へえそのユスのコーチに相談した時に すごい高い山に何の装備もない状態で行く のと一緒で1回お前装備つけろというか なるほどへえでま駒沢からお話いただいて たんでまそこでしっかり力つけてもう1回 チャレンジしようとなるほどそういう意は 常に持っじゃあ最初からもう海外に行く つもりで小沢にも行ってで駒沢で4年間経 てそうですはいセルビアモンテネグロあ そうです ねプロサッカー選手生活ああそうどうでし たかもう最高級に楽しいことも味わいまし たし最高級に苦の苦しみを味わいましたも 本当に両極端なうん感情を味わってま自分 がこうコミュニケーション能力は高い方だ とずっと思っていてうんうんうんうんま いろんな人とも絡めるしなんかこう コミュニケーションでは全く問題ないな 状態ですごい自信を持っていったんです けどじゃあ練習終わってロッカールームに すぐ帰っていち早くそのロカルも出て帰っ てパッて夕日見た時にもうぶわって涙出て ええあなんか俺全然逃げてんじゃんって居 場所ない感じだあそうですま居場所が居 場所感じなくてまマーシーの発信とか見 てる限りはすごい充実したモンテネグロが もちろんま厳しいと思うんですけどなんか 充実してきた時期はい出れるようになって あのて話を聞いてた中でまこれですよね 2018年あはいまドナーとして生態感 飲食をするためにはい帰国そうです ねなんかその時の自分の心境はまあんまり 頭を動かしてなくてうんうん本当にその 本能であの動いててうんま家族が危ない からうんま帰ります事務手術しますま僕に とってはすごく当たり前当たり前というか とにかくこうしないとこうしないとって いう感じで動いてたんでで後からフり なんかあ振り返っていろんな人の話聞くと やっぱりそのドナーっていう選択をうん することもその人にとって大きなま決断で もあるしうんまそれでいろんな問題もこう 出てきたりマーシーにとってってことだよ ねあそうですそうですうん痛み苦しみも 伴うし例えば会社に入ってたらその分休ま ないといけなかったり客観的に得すること あんまりないですようんうんうん ただ本当に誰かを救えるっていうことだけ なんで実際ここはさバリバリのアスリート でさまもう走って飛んでボール蹴って みたいな状態からさまこういうさ手術する とさ実際なんかどういうなんか流れなの 適合がオッケーだったらもうこの日にやり ますっていうので本当1週間後ぐらいに 手術が手術がだから僕帰ってなんかこの フラフラのままとでああってなりながら3 日間で全部 査すごい査あるんですよもう16本ぐらい 血取りますしえで手術終わってベッドで目 が覚めてあ俺ベッドのウいるとサッカー あのどうなんやうんあれピッチにさっきい たのにっていう感覚にななるほどそ初めあ そうです手術し終わった時の虚無感という かえ空白みたいなものがこう心にある状態 はすごいあ辛かったやっぱかなり体に ダメージがそうですねあていうことねある 意味面白さでもあったかなって自分がま チャレンジとしてそうですそうです色々 感じてみたことを伝えていければうんいい かなというのはありまし たそしてまはいその状態から出た2019 年やっとクリアソンが出てきますけど来た ま僕はもうこの流れしてたんでえっと当時 僕はまだ徳島にいたんですけどまそんな マーシーがクリアそんでサッカーをもう1 回やり始めるっていう話を聞いてま実際 これがどれぐらい大変なことなのか分かっ てなかったんですけどまどうやら大変な ことらしいってことでどうなるのかなって 思ったんですけどなんかここ入る決断とか ま第1クリアソこれこれは物語ですよどう でこれはこの間はいこの間うんここの 入り口ですねはいどうぞここの入り口は僕 まずあのこ大きいかもあすいませんすい ませんす ませちょっと大き出してこう出してこう 盛り上がってたからで あの普通でお願いしますあのでさっき話し たのも通じるんですけどまず形としてで いいからJリーグ入ろうと思ってうんうん いろんな意味を持ったJリーグに行くと いうよりかはJリーグに行くっていう形を まず形成するそのドナーとしてうん経度を なんか道を作っていくみたいなドナーとし てのチャレンジというか選手としてよりか じゃどうしていこうかってなった時にあの えっとえ黒豆さんあ間違いました岡本達 岡本さっきまでいたけどね ここの辺から知り合いだったのかなあもう ここですうんここでねここではいであの 達也さんにちょっと相談したらま コンディションを上げながらでいいから ちょっとうちでやりながら目指さないって えいいんですかていう感じでもう本当に ここ結構分岐点だと思うですよそうやって 言っていただいたのはで道がパッと開けて クリアソン新宿にえその時初めて入団させ ていただいたっ感じうんでここではえ関東 2部から関東1部昇格かなはいはいマシも 大活躍して1年間どうでしたかやってみて うんとにかく 楽しい当時まだこうあの社会人サッカーっ ぽい感じであのJリーグから来たメンバー もいたけど多くがま普通に働きながらやっ てるメンバーではいうん僕はどっちか言う とこのチームでとよりかは自分がうんうん うんJリーグに行きたいからとにかくま ある意味利用させてもらうじゃないけどで もそのためにチーム書ないといけない 一貫してでも僕は事務のためかもしれない です結局うんうんま得点話にもなったかな その関東2リーグでで昇格してでマーシー は念願のJリーグ岩手グジ岡ですかね はい加入した時はどうでしたか加入した時 はいろんな経験をさせていただいてうんま 本当に感謝してますしまコーチにあのキ孫 さんっていうあの元北朝鮮代表の監督が いらっしゃってあコーチがいらっしゃって プレー面でじゃキープの仕方とかま シュートうんの場面のま判断だったりま そういった質的なものぐっとあげてもらっ て集中的にこう指導してもらったことは あまりなかったのでそういう実感ができた 一年でしたね うんそして第2期クリアソンはい戻ってき て1年間はいやりましたはいえどうでした かこの1年の感情とか体験って人生で2度 目はないだろうなてそそのくらい自分の中 でトップレベルを占めるまいろんな感情が 爆発したあの一年だったんで自然と取り 立つし自然と笑えるしあの時の感情って 本当にリアルだったんってうんま最後多分 引退決めてたと思うんですけどgflの 入替戦勝利して今のgflのカテゴリーに 来たわけですけどFCカリアとの試合で はいはいマーシーが3点目あそうですね 決めて勝ちましたけどあの時の映像流れ ます多分あ本当です かある意味人生最後のゴールとあそうです ね過言ではないそうゴールは別に好きじゃ ないですけどそう なでま昇格してえま潔欲引退してま医学部 を目指すとはい えおかしいなんかあったんでしたっけまず 岩手グルージャ盛岡首という形でうんあの 終わった時にわあと思ってうん終わっちゃ 終っちゃった気パって出してたうすっげえ 泣いてあしてへえ帰って時にあ終わっ ちゃったどどうしようと思ってま元々その ま移植の経験もそうですし実家があの病院 だったりなんかそういった影響は少なから ずあった中で意っていうものが自分の テーブルに上がった時にあこれだと思って うんわっとこういろんなものが感情が出て きてえあ俺は行く俺は行く俺は行くの かでえ勉強をし始めましたうんうん21 からねはい勉強し始めてえ勉強とサッカー とみたいな感じでやり始めました勉強の 強度上がってきますよで僕サッカーの強度 ももちろん落としちゃくなんでこっち すごいスピードで上がってくるですうん 勉強の度で勉強の強度が上がってきた時に ま天秤にかけかける時期が来ますよねそう なった時に僕は勉強おもろいってなったん ですよへえ勉強おもろいなと思ってで アンド俺サッカーより向いてんちゃうへえ それはないと思うけど ね違う違う違うとなんかあの個人が向い てるうんすごく意外とねなんかそうです そうなんですよ意外となんですけど意外と 繊細な部分を持ってるからなんか個人で 自分で計画立てて自分で実行してみたいな の何度も繰り返すのがすごい好きで なるほど止められないと思って自分の 気持ちを振り切りましたねそれでうんそれ でま実家に戻ってはい浪人生活はい スタート時の学力含めてスタート時の学力 は中学数学のあの7日間で学数学を 振り返ろうみたいなあ簡単にまとめてある よみたいな感じの書いてあって連立式とか あそうそううんいや先生これはさすがにさ 僕そ舐めないでくださいと大学出てますと そうです出てるよと1日目パッて入れて3 分ぐらい解いたんですけどパッ閉じて しまいまし たていうぐらいのね特に苦労した エピソードとかはありますかいやもう数学 でしょ数学数学だねいやもうまず合格って いう目標じゃないですかその裏になんか こう自分の中の目的みたいのがあって試験 会場でポンって鉛筆と消しゴムだけで 放り出された時に信頼できる自分うんを 作りたかったです分からないとこがあっ たらすぐもうパッとうんなんかこう知り族 リクさんこの問題お願いしますもやってた んですよねそのサッカーの時は受注痛くし てたんですようん受注痛くちょっと言葉が 正しいかまあまお願いするそうですお願い してたんですよそれができないとうん全部 1人でうん詰まった時やっていかないと いけないってなった時に僕はなんか雰囲気 だけであの解決できてた状況多分なんか それをすごい当たりにしてあこれちょっと やばいなと本当に信頼できる人間じゃない と思った時に数学でじゃあ問題と出会った 時思考のシったパーンってすぐ降りるのを クってこうてあげてもう常に耐えて とにかく考える答え見ない2日かけても うんなるほど頑張って少しずつなんか 変わっていったんですよなんか自分のうん 感覚がで1番最後ですね試験の時にパって ツのあけについて消しゴムと鉛筆を持った 時にあ今なら行けると思ってうんある意味 強化で言うと一番数学まその先生方もそう ですけどに育てられたなって思い ますそして合格 はいおめでとうございますありがとう ございますつい本当こないですけどはい どうでしたか合格した瞬間はいやもていう か医学部事件ずっと恐怖なんでうんなんか 水の中でうってなってあのパーって上がっ た時よっしゃとか言わないじゃないですか あの感じいえああ番号あって言ったとか じゃなくてあそうですそんな力もないし もうほっとしましたね本当にはい今年の4 月何日からですか始め4月7日あたりに 入学式やってこう取りました入学式これで 37人30えその医学うんっていうものに ままだがっつりはこうあの中に入ってない んですけど1本目をこう歩き出し たそのワクワクうんっていうものとただ6 年生とかうんうんもっと進んだ人たちを見 てるとこの時の気持ちと似てるんですけど うんうん果たして俺はあのこのような姿に なれるのかみたいな気持ちがすごいあって でもこの時と一緒で多分本当に何か新しい ものを身につけて多分そこに立ってるし うんそれはすごいワクワクしますねま ほとんどがあえま18歳だったり19歳の 方々とえま関わっていく機会がすごい増え ておっさんぶらないでうんでもここらで僕 18歳だからうんとにかくフレッシにうん あのみんなと1つのチーム なんか隣に頑張ってるやいたら手取り合っ てみたいなうんそういうこう中にななれ たらなというのは今正直な気持ちですね はいそんなマーシーは 今後どこに向かっていくんですかいやどこ に向かうんですかねまずさ何年間でさ何 年間でさあ6年間で医学部のまうまくいけ ばですよ留年とかせずに意思免許なるもの がそうです石免許を取って取れるのがま今 から6年自分が36の時ですあすごいね 人体についてより理解したいっていう 気持ちがあったんでここで目指し始め たっていうのもあるしそれを学べる絶好の 場所なんでうんとにかく吸収して極めたい うんうんそれがすごい今強いもですよね うんうんま例えばじゃあこの2回のクリア ソンでのサッカーで学んだこととか今の 自分に生きてるなっていうところはどんな ことがありますかクリアソンで学んだこと というかうんクリアソンで味わった感情は うん本物うんその本物を自分の人生の中で どれだけ追求できるかみたいななんかこう 最高の感情だって言えるこうモデルが自分 の中で1個できたからそれこそ医療チーム うんとかでもそういう気持ちって絶対 出せると思うから1つの目標に向かって うんだからそのそこはまこれから目指して いきたい部分だからまそういうモデルが 作れたというかうんそういう部分は大きい ですね今後クリアソンがどんなサッカー クラブになっていって欲しいとかあります かえ1番最初練習参加した時大学生の時 ですねうんうんうんその時の感情が今でも 忘れられなくて印象かずさんとかえタクト さんトさんとかうなんかそういう人たちが 本当にそのメリハリを持ってサッカーに 向かってたあこれはなんかただの社会人 サッカーチームじゃないなって思ったし うんうんうんうんこのチームのなら僕は 参加したい僕笑い好きだし本気でやること も好き難しいと思れるかもしれないけど 本人たちの意識で両立できる部分だから このチームは本当にいいチームだと最初 思ったんですねえなんていう質問でした すいません本当にすいません本当にすい ません本当にすいませんクにどんなチーム にまそれこそね当時社会人だったけど カテゴリが変わってまその料理さん もちろんしてるけどサッカーのところの レベルが上がってきたでそれでどんどん どんどんカテゴリー上がっていくまそんな クリアソンが大事にあすいません思い出し ましたすいませんどうぞよくフットサル コートで練習してましてねフットサル コートで誰も見てない中でえーバチバチに もう練習して本当に湯気が出るぐらいまで やって僕その時ちょっと怪我した時あって 通りがかりのチームが1人がなんかこう パッて見てたんですよねクリアソのチーム を誰かに声かけ てやばいよみたいなでそしたらまたそれが 広がってやばいよで僕それ見ててあこれだ と思ってクリアさんはいろんな人に見られ てるけど僕たちは変わらずその自分の現界 にチャレンジし続ける自分の子を伸ばす じゃ手を取り合ってゴールを目指すなんか もうそれの連続でしかないと思うそれに よって観客の人たちは感動し感動っていう のは伝線するから広がるそれがクリアソン の試合の日起こる現象あのフトサルコート で起きてたことをやっぱり常にに目指す ことがクリアそらしさなのかなって僕は今 思いますねありがとうございました ありがとうございますめちゃくちゃいい話 でしたあすいませんではいなんかすいませ んあの時感じたこととかってやっぱあの OBの人たちがいてあの人たちの声も純粋 に聞きたいなってあの過去のねより過去の 人あそうですそうですで思ってることって 伝えないと伝承していかないから言葉とし てなんか残すこともすごい大事なのかなっ て今思いますねはいということでじゃあ 本日はえ大学1年生 のクリアソンOBの大谷正さんにえお越し いただいてまクリアソン時代の話と今 取り組んでることについてお話しいただき ました今日はどうもありがとうございまし たありがとうございましたマジで俺そう 言うよ ね目指すべきところは世界一なんだていう ものを改めて感じたから感動ねみでって なんか共有わちゃっていきたいですよね 心理カウンセラー

2019年、2021年にクリアソン新宿に在籍。JFL昇格にも貢献したOB 大谷真史の人生に迫る。海外挑戦、突然の帰国そして生体肝移植、クリアソン新宿でのリバビリ、Jリーグ挑戦、医学部受験…。

そんな波乱万丈の人生を送る彼が、サッカーについて、そしてクリアソン新宿に伝えたいことを語った。

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