三尾真一郎
兵庫県姫路市出身
神港学園高等学校
関西国際大学
新日本住設株式会社 代表取締役
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〜アオバラプロジェクト〜
甲子園出場(2007年夏)経験者の3人、ブル、キャップ、スイッチが経済的事情で野球を辞めないよう少年達に資金提供をし、
野球界への恩返しをテーマにしたプロジェクト。
少年野球・中学野球を中心に、
次世代を担う野球少年達を応援します。
現在競技人口が減少している野球。
野球のおかげで今がある。
「想いは一つ、野球界への恩返し」
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#野球人密着ドキュメンタリー
Music by Reggie San Miguel – Present – https://thmatc.co/?l=0B89D0D0
[音楽] もう野球で事業してしまおうっていうので まそっからま独立リーグを調べ出したって いう応思いとしてはその世界遺産姫路城の ように世界に羽ばたけるような選手を排出 しようっていう思いで立ち上げて ます野球始めたら結構遅くてあ小合から 小合からないか 小合この年なってなんていうのその甲子園 出たことってますごいことなんやなって 思うな うん高校で燃え尽きてで大学でもフラフラ してでそれでまは社会なったけどやっぱ なんかこう燃えられへんというか うんもうほんまにこの営業ってすごいんや なっていううんなる うんもう1発ちょこの年になって チャレンジしてもう1発成功したとこにし たろうかなみたい なそうで野球を始めた うん [音楽] と今回あの時間いただきましたありがとう ございますいやいやあの今回あのあれです ねブルのえクラブチム姫ジアアうんうんの えっと先輩という繋がりで今回うんうん うんご次第あのさせていただくとそうそう そうそうはいいうところでもうあの皆さん は姫路のご出身そうですねていうところ からの今回え姫路の独立リーグそうですね シトオーナーということではいうんうん うんえなんか元々そういうのは持ちたいな みたいなあったんですかいやそれは全く なくてむしろ 大学で途中で野球自体は1回リタイヤし てるんですよねあそうなんですかだま 初めてま人生で挫折を味わったというか 大学でうんまで高校まではずっとま レギュラーでま毎1試合ま当然出ててはい やってたのが大学からまたレギュラーも 取れずまメンバーにはま最初入ったりはし てたけどやっぱ試合出れなくてやっぱ 楽しくないからあじゃ重んないなっていう のでま1回やめちゃってるんですよね2年 の時にだそっからちょっと野球からは離れ てるというかま離れてるってま草野球はし てたけどはいはいまほんまに遊び程度でま ずっとやっててもう真剣にやったのはは もうそこの 大学で間そうそうですねはいで社会人 上がってからはもうずっと仕事1本で ずっとやり続けててでまちょうどま今年ま 38なってあと2年で40なんですよね はいじゃあその40までになんかこう個人 的なんかチャレンジしたいなっていう思い
がちょ芽ばえ出してきてはいうんなんかま 10年間っていうかま38まではずっと 突っ走ってきて仕事1本でまそう野球とか は全く考えずにはいでその自分のこのの 人生を豊かするために何ができるかなって こう考えた時にはいやっぱりこう今今の この状況というかこの自分の人間形成はい ができたのは野球のおかげなんでだから これからの人生自分の人生豊するために もう1回野球に関わっていきたいなって いうのがきっかけですねですかうん コンセプトに合わせていただいて僕たちの あそうそうそうそうそれをこう何か チャレンジしようってなった時にうんあ そうだキダンツプロってなるだけというか でそういうはなんかどういう発想でなるん ですかうんうんまあなんかまあなんか事業 したいなっと思っててでま飲食やったりと かま別の全く違う会社を立ち上げるとか なんかま色々選択肢ある中でまその中でま 野球しよてなったタイミングで じゃあ野球って言ってもま少年野球チーム を立ち上げるはいはいうんまえっとクラブ チームを立ち上げるえっと社会人野球を 立ち上げるとかま色々こう選択肢があるん ですけどあのその少年野球自体はなんて言 だろあのまアマチュアというかまた ボランティアに近いはい別に収益でなけれ ば子供たちの夢をれるためにまそれチーム を作ってあの運営していくのはぶっちゃけ いつでもできるなっていう別に50なって からもできるし60なってからも別に できるかなっていうでクラブチームっての も あのクラブチームは選択じゃ社会人野球か な社会人野球ってはま会社やってるから その会社のクラブとして社会人野球チーム を作るってのも選択肢あったんやけどそれ はあの言た会社の経営方針が変わればうん 配分なったりキブなったりしてしまうから それはなんかすごい無責任やなっていう やったらもう野球で事業にしてしまおう っていうのでまそっからま独立リーグを 調べ出したっていうああそれが去年の12 月ぐらいへえにま調べ出してでそこでま 関西独立リーグっていうリーグを知って はいじゃあどんなリーグなんやろうってこ 調べたらまま大阪にあって和歌山やって みたいなじゃ理事長誰やあ理事長か中木さ んっていうあこの人かみたいなじゃ1回 あってみようかなみたいなあでもアでそう コンタクト取ってうんあってまその独立 リーグ立ち上げまチームを立ち上げようと 思ってるんですけどみたいなどうしたら いいですかっていうの聞いたらえっとま
事業計画書出してくださいって言われて じゃとりあえず事業計画書出して はいじゃまあなんか行けるみたいになっ ちゃってへえじゃ行けるんやってもやる しかないなみたいなうんうんうんだから そうやなそういうそうなんかまあダメも じゃないけどなんかやってみたらいけた からはいじゃあもう行くしかないやみたい なへえそれ結構ハードルゲム高いですよ 振りチームまなんか簡単にポンポンできる もんでもないんかなっていうちょっと イメージですけどあそうやねですよねま それがなんか俺的にもそのま運がいいのか 悪いのかわからんけどその日本独立リーグ 機構ってあってそこのチームをチームを 立ち上げて多分参入するのは結構ハードル 高いと思うんやけどはいその関西独立リー グってのはまだその日本独立リーグ機構に 参入してないリーグやからまちょっとま 独立の中の独立してるみたいなはいはいだ からまその比較的そのハードルもすごい 低かったああなるほどだからまチャレンジ しやすかったいううんはいであのひご出身 が姫路だから姫路いううんうんうんとです そうそうそうですねはいチームチーム名の 姫路イグレッタですね由来とかは 由来まいいグレていうのがあのま白さぎっ ていうなんですけどそれがあのまえっと 姫路のま世界遺産乗ってるま姫路城って いうのがま白さぎ城別名白さぎ城って言わ れてるんでその白さぎにかけてまイーグレ で野球チームっぽい名印象ってので イーグレダで一応思いとしてはその世界 遺産姫路のように世界に羽よ選手を出し ようっていう思いで立ち上げてますはい これなんか行政姫路の名前を使うってなる と行政とか死とかの合いもあるんじゃない かなと思うんですけどそういうところで 苦労されたと思ですま最初は本当立ち上げ ましたっていうのを主役所にはい挨拶行っ たんやけどいやま立ち上げるのはもう自由 なんでうんうんあの立ち上げてください ただ応援するかどうかはそのチームのその 活動だったりとかま行動次第でもしその姫 自身とってこのチームはすごいあの有益と いうかあの評価ができるような活動して るっていうことであればあの姫路市からも ガンガンバックアップして応援します みたいなだ最初のスタートはすごいなんか なんかま厳しいというかふみたいな感じが なるほどそうんですねあええま応援ま個人 的には応援するけどはいだ姫路氏が応援 するってなってくるとそれはまいきなり その立ち上げたからじゃ姫路士が全面的に バックアップして応援しますっていうこと
にはならないですよみたいなだから頑張っ てくださいねみたいなあこれが現実か みたい なすごい厳しかったああそうなんですね ただまその監督が決まったりまそういう えっと色々な方にこうお会いする中でご縁 がはい増えていく中で姫路からもすごい あの応援していただけるよがなってはき てるんでうんだからそこをあの裏切らない ようにやっていくことが来年1 年間やるべきことかなと思ってますうんい です市長さんもされてまししそうすねま それももご縁があってま市長をご紹介して いただけるっていうことで会えたんです けど だからなんかまその今んとこその無理な ことはないなっていううんうんそう球団 立ちえることもなんかやったことない人 からするとどうやってって感じやけどはい でもそういう1つ1つ買いつまんでいくと そんなに難しくないというかうんうんま 事業計画出してままあまずリーグのトップ の人にあったりとかっていうの1つ1つ1 つクリアしていけばあの一応こえと姫路の 市長にもお会いすることができたし今年の 立ち上げではいうんだからま無理なことは ないんかなって感じですねはいうんその 性格というかその考えはもう昔からなん ですか うんまポジティブ思考はまポジティブ思考 やから別に落ち込むこともないしただなん やろなとく挑戦したいずっとあもう死ぬ まで素晴らしいですねうんだからま会社を ま3人ではいま創業時ま一緒にやって 立ち上げたんです けどなんかまそれでずっとチャレンジし 続けてきててまそれ会社的にはままあまあ そこそこま来れたんで次はまその会社じゃ なくて次の自分の人生にこう挑戦したい うん結局そのえっと会社でなんか チャレンジするってなってくるとやっぱ そっからこうれとできないというかはい うん僕らまエネルギー事業やってるんです けどそのエネルギーから外れる と会社としてなんかこう全く違う方向に 行っちゃうんでやっぱこうエネルギー もしくはま住宅だったりとかそういう建設 設備とかにま類似したなんかそういう ビジネスモデルをま考えてま挑戦していく みたいな感じなんですけどそれとは全く 違うものをちょっと自分でチャレンジして いきたいなっていううんちょっとフェーズ がこう変わってきたうんタイミングが今 あったって感じですねうんみさんがですね ま姫路に生まれたところからですねま今に
至るまでところをちょっと色々聞いていき たいなと思うんですけどうんうんうんも 生まれも育ちも姫路ですかそうそうそう そうそうそう阿市の坂上っていうところに あああア市なんですうんえ知ってるあ知っ てますっあのじゃ祭りが盛んなあですね そうそうそうそうそうま姫路といえばな 祭りやから結構祭りは好きなんですか祭り はまあの子供の時は好きやったんやけど はいあのなんやろな高校卒業したぐらい からはいあの自然といかくなってしまっ たなるほどなんてあのえこれ言ってんか わからんけど村社会やからはいはいはい そのなんか寄り合いとかはいありますよ そう行かないとなんか祭りだけ来 るっていうのはちょっとあやっぱそういう のかそう失礼やなと思ってなるほどでも俺 的にはもう振り切ってたから仕事にもうだ からその寄り合いにその仕事休んでとか 行かれへんしはいはいはいはいでもその人 たちはその祭りにかけてるからそこを全部 犠牲にしても行くやんかはいじゃその人 たちがやま作り上げてくれた祭りになんか 当日だけはいなんか行くっていうのは失礼 やしなんか性格的にできひんからじゃあ もう行かんとこうみたいなあでもうそこ からもずっと じゃあていううんあ行ってない行って行っ てそううん祭りには行ってるけどほんまに なんかその子供のためになんかそういう なんかそのくきとかなんか洋々釣りとかま そういうなんをまたまさせに行くぐらいで も参加者としてはいかない参加者としては もう行ってないな そう同級にあったら祭り来てやって言って くれるけどそうですよねま多分建前で なるほど うんあそうそうそうそうそうそのえっと 家族校生はお父さんお母さんあええ俺のあ そうですそうですあの生まれた時あは えっと姉が1人はいのえっと4人家族あ4 人家族ですなんかお父さんお母さんこ野球 好きだったみたいななんかそういうのある んですかいやそれは全然なくてあのま父親 もなんやったやったかなあそうなんですか で母親は機械体操しててまとにかくなんか ま自分がやりたいことをなんか応援して くれるへえ親やったからだからあの からま空手なったんやけどはいそれも俺が 行きたいって言って通わしてもらってで 野球始めたの結構遅くてあ称号から称号 からなか号称号うんそれも友達から誘って もらってでま姫ジャイアンズの小学部に 小学部スタートなんですそう行ったんです けどでそれで初めて野球をしたらますごい
楽しくてうんでそれにまのめり込んでで 自然とま空手はかなくなってみたいな うんうんそうだからなんか こう親からなんか進められてといるかはも 自分からそう小さい時からま自分から なんかこう興味あることに対してはやって いたようなくような子供やったかなって 感じや結構周りではじゃ友達がねやって たっていう感じですやってたやった俺らの 時なんかもう全世紀じゃない野球が野球 そうですで小学校の高学年ぐらいから中学 年ぐらいかななんかJリーグが発足されて はいはいみたいな感じやからだから サッカーしてるやなんてえみたいな大体 みんなこう目立ってるというかはいあの 運動できるやつはみんな野球やるみたいな はい感じやったなうん青の地域だとこう 色んなこ軟式野球とかソフトボールとか いろんな選択肢があったと思うんですけど うんうん小学校から公式やるっていう選択 ってうんなんかどなんかどうそれこそ友達 がそのアの小学部に行ってたから行った そうそうそうそうそうほんまになん別に何 のあれもないただただ紹介してもらって 行ったところが公式やったっていうだけ なるほど公式やりたかったとこじゃない 然れすごい楽しかったええうんだ何もでき んかったからなんか1つ1つこうできる ようになっていくのがすごい楽しいあこう 投げれるようになるとか取れるようになる とかこう打てるようになるみたいなうんで 当時俺らの時はなんかま軟式よりもなんか 公式の方がレベルが高いみたいななんか イメージがはいですですそう当時はあった からだちょっと上に立てるという か感覚的にそうそうでなんかチームやっ てる子よりはなん公式でクラブや行ってる みたいなの方がなんかおすげえみたいな 感じだった怖さとかなかったんですかあ それは全くなかったなああなかったですか 入り口がこうれがそうそうそう そううん硬いボール今は怖いで今は めちゃくちゃ怖いけど当時は別に何とも 思ってなかったあそうなですねうん後から まその入っても何ですポジションとかどを 守るんですかポジションはセンターと ピッチャーあピッチャーそう左投げやま左 やったからはいその守れる箇所がま限られ てくるというかファーストとまセンターと でまそれこそ片強かったらさ小学生の時と かピッチャーとかさせられるからはいま ピッチャーもたまにしてたかなって感じ うん結構じゃ肩は強自信当時はあ当時は 小学生のと時は大体投670mぐらい掘っ たらはいはい型強いやんかそうですうん
それぐらいは掘ってたへえそうこ結構あれ ですかそのスポ運動神経はもう めちゃくちゃいいこいやそれがあの俺小4 まではいあのあのさがりはいもできんかっ たしはいあの二重飛びもな飛び飛べんかっ たやんかえそうなんすねそうだから野球 始めてからあできどんどんでき全部できる なった へえうんうん当時のアイアンズの小学部は 強かったうんいやめっちゃ弱かったあ 弱かったなんやったら中学分弱かっ たああそうえそのえそうですかうんそうな んですねうんだから今みたいにあん部員と いうか選手もあんなに集まってなかったし うんうん優勝したこともないもんな多小学 部中学部で俺多分あそうなんですは多分準 優勝までとか違なんやったらその アイアンズ大会とかであそう準優勝なれる み言ってしまえばローカルの大会であの へえそうそう俺の時はまシカマクラブが すごい強くてはいもう上昇軍団みたいな そうですよね片谷姫ジャイアンズは1回戦 2回戦ですぐ負けてみたいなうんうんだ からもうなんかすごいそうやな小学校中 学校は本当悔しい思いしかしないやな野球 ではうんやっぱチームプレイからさはいだ 自分がどんだけ頑張ってもやっぱエラーし たりとか点取られたら絶対負けるからはい だそれがすごい歯よかったよなうんやって てだからそこの反骨精神というかうん すごかったよなその中学校すごい悔しい 思いしたからいとま隣のそのしかもクラブ はすごい輝輝いててそうですねそうで なんか推薦とかで神戸国際行ったりとか なんかしてま東台とか行ったりとかして 高校では絶絶対勝つみたいな結構強い思い を褒めってなんか高校進学したのを覚え てるな [音楽] へえ

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