史上最高額でドジャースに移籍した山本由伸。

身長178cm、投手転向は高校時代、ドラフト4位入団と決してエリートではない投手がなぜ日本最強投手に昇りつめたのか?

そこには「全てに感謝」の座右の銘が生んだ軌跡的な出会いと数奇な運命が深く関わっていた。日本最後のシーズンに密着したインタビューからその原点を紐解く。

【This is 山本由伸 前編 -感謝の原点-】

山本由伸が人生で最も大切にする「全てに感謝」

この言葉が生んだ運命的な出会いと野球人生の転機を独占告白。

さらにWBCの激闘に隠された大谷翔平やダルビッシュとの秘話から「野球意外なヘボです」と言う衝撃の素顔を明かす。

【出演者情報】
山本由伸(ロサンゼルス・ドジャース)

▼チャンネル登録よろしくお願いします▼
https://www.youtube.com/tvtokyo_sports

#山本由伸 #WBC #侍ジャパン #MLB #ドジャース #プロ野球 #baseball #テレ東 #スポ―ツ #SPORTS #テレビ東京

[音楽] 大事にしてる言葉とかってなかったりし ます全てに感謝かっこいい行きましょう これはなんか小学生の頃のチームのスロー ガンみたいなええ言葉なんすけどま本当に この通りだなっていうのははい 年々すごく言葉の意味が理解できたな と感じます ね日本休会最強のエース山本 吉信小柄な選手でもプロでこうやって やれるんだよっていうすごい夢を与えてる 選手だと思うんすよ3年連続手4巻野自身 もそのゴールなんて決めてないと思います しで常になこっち側もワクワクさせて もらうような選手にはなってもらいたい ですメジャー当初市場最高額での 契約ま負けず嫌いだしやっぱり野球が すごく好き好きなんでうまくなりたいて いう気持ちで迷ってきてテレビ東京独占 密着最後の1年で残した 言葉だから彼は愛さ れる感謝がもたらしたもの [音楽] 去年のWBC山本は大谷ダルビッシュと 先発ローテを組み2試合に 登板チームトップの脱三振をマークする など14年ぶりの世界一に貢献しました 初めて望んだWBCの舞台は野球人生を 変える天気となること に本当にとにかく貴重な経験をえま野球 選手としてもうま1人の人間としても すごく貴重な1ヶ月をとにかく過ごさせて もらったのでいやもう本当にそれは自分に とってすごく財産になったなと思います ね一番こうしびれたご自身の中で場面って いう いやもうずっとやっぱすごく緊張感もあり ました しまその中で野球できるっていう喜びも ありました しそうですねもうずっとはいずっとしびれ てましたねそれて今までのこう野球人生の 中で同じぐらいしびれたりとかそういう のってまいろんな日本シズとかもありまし たけど比べてどうですかうんまそうですね まどの試合も やっぱりその時の最高そのなんて言うん だろう日本シリーズも初めて経験した時は やっぱりすごくしびれましたしはいWBC も今回初めて経験してすごくしれたしはい どっちもすごかったです ねこの頃から目標は明確でしただから胸に 刻んだのです目指す舞台で結果を残す先輩 たちの言葉 をいやでも本当にまダルさんにはすごく

あのもう本当にいろんな知識を教えて もらって何も隠すことなくなんかこう すごく優しく全部教えてくれたんでやっぱ 1番をあげるならそのダルビッシュさんに 教わったことですかね技術的なところで 言うとそのピッチングのま組み立て方だっ たりあの自分のボールの特徴がこうだ からまこういうのをした方がいいいいん じゃないというかまそういうま投球 ピッチングする中でのそういうま組み立て だったりこういうゾーンを使った方がいい とかまそういうまああののそういうことを 教えていただいてま自分の中にはあの なかった知識だったんではいすごくま今も 生きてます ね一方大谷翔平と山本義信後に チームメートとなる男と過ごした時間はま 僕ちょっと関係ないんですけどその バッティングの話としてのも聞かして もらったりしたんでそういう話はすごく 面白かったですね打つポイントの話だっ たり足の感覚がこうでと かはいそんな技術の話とかですね ピッチングはあんまりその具体的にお話さ れたピッチングはま変化球の話だったり はいそういったのはまみんな全員の選手と ある程度話しました準決勝の前にはい山本 選手が大谷手の連れてさてなんかご飯に 行ったっていうそのまヌ選手とかっます はいはいいやあまあの前編であの食事が 全部外とかまルームサービスかま外か自分 で済ませないといけなかったのででま 日本食屋さんとかもあのまご飯屋さんの話 とかをよくしててでま日本食屋さんまみあ るっていうの話してたんで行きましょう みたいな感じでそんな感じですゆい感じ ですま自然な感じでと言いますかま時間も だいぶもう経ってたんででま大谷さんもえ すごくこう若手の選手とかもこうな なじめるようにというかま積極的に コミュニケーション取ってくれたりもした のではいおかげ様ではいまですかねいやま 野球の話したりまその他の選手の話したり もういろんな会話をしながらでしたねま こっちが勝ったらこうかなとかこっちが 勝った方がやっぱいいよなとか まそんな感じじゃないですか ね山本は負けられない戦いの中で進化の きっかけを求め続けまし たそして世界の第1戦で活躍するための ヒントがそこ に大谷投手ダルビッシュ投手ていうところ のね えやっぱトレーニングの仕方ってね多分 はい2人とも多分違ったと思うしうん

なんかそれ間近で見ることもあったと思い ますけどなんか影響を受けたような トレーニングてあります結構いやみんな やっぱり練習メニューが全く違ってうん やっぱ所属球団も違う分あって多分みんな 教わってる方が違うのでもみんな トレーニングが全く朝から全然違ったん ですけどでもやっぱ取り組み方はみんな すごく一緒というかうんうんうん1人黙々 とちゃんと前あの毎日一緒のことやって いくというかなんかこう例えば昨日は めっちゃやってたのに今日はダラダラし てるとかは絶対にあり得ないっていうかま そういった姿勢がやっぱねまあのダビさん 大谷さんはもちろんですけどみんな すごかったんでそこがやっぱ1番ま再確認 できたとこですねオフシーズンにすごい いっぱいやり込めまシーズン中忙しいじゃ ないですか打って投げてだから多分 トレーニングは多分そのオフシーズンほど はできないとは言ってましたけど やっぱちょっと違いますねあの上のくらい の選手ってオフシーズンほどねあの休むん じゃなくてあそうですシーズンでできない 練習をいっぱいするというかはいはいはい ですそのオフの間にできるものを全部 するっていうところはうんうんうんう やっぱ発想は僕らはなかったのでそうえま そういう人とあんまり巡り合ってない あるんです けど言葉で見聞きするのと実感するのは 全く違い ます間の当たりにした彼らの意識や行動が 山本をさらなる高へといこと に昔からずっとまま負けず嫌いだし やっぱり野球がすごく好き好きなんでま ずっとこううまくなりたいっていう気持ち でまやってきてままたWBCの時とかも やっぱりみんなそういう気持ちがすごい 強いなっていうのも感じたんでやっぱ もっともっと頑張らないとなと思いました でも本当にみんなと過ごした時間がすごく 本当にもう貴重すぎたしすごく選手として ももうほまこの何がっていうあげれるわけ でないけどこの1人の人間としても選手と してもすごく成長できたと思うんでそれは もうこれからのシーズンにもこれからの 人生にもすごくあのいい影響が出るんじゃ ないかなと思います [音楽] 山本ほどの選手の素顔に迫ることは簡単で はありませ んしかし密着を続けると意外な内面知られ ざる素顔が徐々 にオフって何してますいや今年はオフが

もうほぼなくて8月ももう1回もオフない し ね去年もいっぱい文句言ってましたけど僕 はよく知ってるけどはいその例えば練習ね もう基本軽めでも変えはいはいはい帰れ るっていう帰って想像がつかないんですよ いや結構治療したり色々してまご飯食べる のも時間かかりますしいっぱいちゃんとし たメニュー食べてるとで意外とあっという 間に特に何もすることなく終わって次球場 行って帰ってま色々やってっていうもう 本当同じリズム でまた急場ついてるわっていう感じ ですなんかそのなんか家帰ってはっていう のがあんまり想像つかなくてああまでも だらだらしてる時間ももちろんありますね 本当にあ全然ありますその映画映画見たり ドラマ見たりストレッチしながらとかで なんか映画見てそうそのそうこういう感じ で見てるんじゃなくてはいはいはいすごい あのこういうこう足ひいてこうスチし ながらまそういう時もありますねそんな イメージすごいもう練習からなんかその 姿勢っていうのをすごい大事にしてるしあ はいはいはいその1個1個のこういう 動きまこう筋肉がこう動いてるあ動いて 多分全部ある程度理解して の動きなのでうんなんかそういうイメージ がすごいついてたはいまでも確かに何を するのもやっぱ野球中心になるじゃない ですかだからまあねずっと野球忘れて ダラダラとかもとかはなかなかできなすよ ねいや意外とのみさんでも若いっすもんね なんかベテランだったのになんか僕より 行動が若かったというかいやいや そんなことはないちょっとそれ見てみんな 若手はちょっとなんか嫌な気持ちになって まし たんランニングとかもめちゃくちゃ若いん でえみたいなあ見下してんなそれいやいや いやみんなじなんかちゃんとこうベテラ ンっぽい感じでなんか朝とかは苦しく苦し そうにしてほしいのになんか朝から めっちゃ元気そう にいやでも僕らの方が疲れてるみたいなで もそうやってあの若い子はねいい雰囲気を 作ってくれる方メラもすごいやりやすい いや逆 ですおかしいなちょっと違うだそれはでも 全然キャンプとか見たけど見ましたけど 若い子は ねやっぱ本当楽しそうに焼き合ってくれる からうんうんそうですねやっぱそこはね やっぱベテランもそのま苦しいことの方が やっぱ多くなるからうんでもああやって

こう楽しく野球をま原点をこうちゃんとね 振り替え出してくれるというかうん元々 これがないとダメだなっていうのは若い子 から刺激はやっぱみなもらってるうんふん ふんすごいいい雰囲気まヤシもそうだけど 本当にはいはいはいなんでこんな明るいん だろうなっていうのは 確すごい衝撃的だったえ確かに めちゃくちゃ雰囲気いいですねでもやっぱ そのそこはやっぱ結果残してる メンバーが1番ねそこを楽しんでやって るっていうのはうんうんま他の後輩とかに もすごいいい影響をうん与えてるなっ てすごいよやっぱり確かいい雰囲気ででき てます ね後に語ることになりますが出会いに恵ま れた野球人生が山本の野球感を作り上げ ました彼を中心につがったチームの輪が リーグ3連覇の大きな要因となったの ですユニフォームを着たら日本最強投手で あれば気になるのはユニフォームを脱いだ 時の 顔いや僕マジでもう本当普通マジでなんて 言うんだろうたまたま野球がいいだけで人 として本当にマジで優れてないん で私生活なんてただのヘボ す本当に はい優柔普段だったりいやなでも 割と決断ははできる方なんすけど例えば これ買うかどうしようかなとこれどっちに しようとかはあんま元々ない迷わない方か もしれないですけどでも本当何もない優れ てるも は野球以外の楽しみみたいなま釣りとかあ じゃはいはい釣りとかゴルフは好きっすね その辺はやっぱこの石の硬さみたいな強さ みたいないやゴルフとか買えたくなるじゃ ないですかホームいやゴルフなんてホーム 買えまくりっす よに行ってうまい人とかが行って今どう やって打ったんすかみたいな聞いてすぐ 真似してみたいな適当めっちゃ適当す [音楽] はいここからは山本吉信感謝の 原点25年の奇跡を振り返り ます生まれ育った 町山県 このグラウンドから山本の野球人生が スタートしまし た小学1年生の時に地元の少年野球チーム インベパワフルズに 入団チームメイトには後にオリックスで 同僚となる東宮優馬がいまし [音楽] た野球を始めたきっかけっていうのはどう

いうんですかえっとま 元々えっと自分の父の影響でま野球が好き ででまテレビ見たりま近所にまトグさんが いたり他にも野球してる友達がいっぱいい たん でまあなんて言うん だろう自然とというかま野球が気づいたら すごい好きになってました ね年は山本が2歳した実家が隣同士で 幼馴染みの2人がプロの舞台で再開し リーグ3連覇の立役者となったの ですま彼らが小学校の時に野球やってる時 はもう本当に こうその学年はもう度しした仲の良さと 言いますかまあの彼ら2人は2学年違うん ですけどもまそういうのを全く先輩とか 後輩とかっていうのは全く関係なくして 仲良くこう公園で野球してみたりま周りの 子供たちも巻き込んであの野球をするって いうもう本当仲のいい子だったですはい ある意味兄弟に近いというかそうですね もうあのま家もねもちろん隣同士でもあり ますしなんかもう幼い頃から本当幼馴染み と言いますかそういった関係だったですね はいえまト優馬は子供の頃からもう特別 日出ていてたんですであのま今でいうその 深刻経のようなその時ないですけども とにかく歩かされることがしちだったん ですねまそれぐらいこうま超人気選手と いうかこう力強いパワーヒッターでで すごくこう吉君にとってみるとトのことを 憧れてたと思うですで小学生時代の2学年 の差っていうのは大きいんでずっとこう 背中を見てあの自分あんな風になりたいな という風な希望ですねあの野望持ってたん ではないかなとだからその吉のが今あそこ までなったのもその幼少期の頃のトグ優馬 の影響っていうのは多分大きいと思います ねはい実際今ま東田の2人柱として活躍さ れるそんなシーズンを見ておおさんからこ 感情的にはどうなんでしょうそうですね もう あのまあ3年連続でねまあ大活躍してくれ た吉吉信に対してまトグ優馬はやっとここ であの5年目で花を咲かせたということで あのもうどうんですか地元の両輪と言うん ですかね あの夢のようですねええもうあの奇跡の もう上を行ってるような感じでしょうね はい [音楽] 東宮選手の背中を追いかけるうちに野球に のめり込んでいった 山本当時のポジション は最初入った時はみんなライトから始まる

っていうかライト からま試合1番小学校の試合のライトは あんまり関係ないっていうかあんま飛んで こないんで意味で最初ま多分ライトから 始まってでまセカンドになったりまもう ちょっと大きくなったらサードしたりして ま高学年なったらキャッチャーとま ピッチャーちょっとするようになったりし てそんな感じですか ねキャッチャーで [音楽] キャプテン 返はこのスローイングに垣間見え [音楽] ます小学生の時には全国大会にも出場し まし [拍手] たえ名前だけでいいんですかはいえっと インベファウルの山本ですはいえっと逆転 された時はちょっと負けるかと思ったけど 逆転できて良かったです優勝できるように 頑張りたいですはいベンジのあの雰囲気は どうやったの えっとずっと盛り上がっていたので当てる と思ってましたはい家族の人へえっと色々 してくれてありがとうございましたこれ からも頑張ります [音楽] はい一方投手としては2番 手当時誰が今の姿を予想できたでしょうか すごい案でビュンビュンボールを投げる タイプではなくてまコンスタントにいつで もストライクが取れるあのなんですか ね安定感のあるあのピッチャーで特別 すごいなてって誰も思ったことないと思い ますま本人も含めてはいよく言われるのが そのま化けたという表現が多分ふさわしい んかなま本人はちょっと今失礼ですけどで もま小中 そこまでの選手になるとそれはもう立った 人も誰も思ってはなかったと思いますね ええま入ってきた当初はま体も小さかった ですしまあのどこでもやっぱり運動の できること人って子供ってたくさんいると 思うんですけどまその1人彼もその1人 っていう感じだったのでまそこまでは もちろん思ってなかったんですけどはい はい小学校の卒業アルバムを見る と野球を始めて5 年将来の [音楽] 夢 サラリーマン夢を叶えられなかった少年は プロ野球選手になり新たな夢を抱きました その理由も原点も少年時代にヒントが隠さ

れてい ます私もそん時はもう子供やったから あんま覚えてはないんですけどいやでも 負けず嫌いなんかなすごくうんちょっと 悔しいことがあったらなんか練習するとか そういうタイプやと思いますま本人の話の 中でよく出てくるのが泣き虫で合に負けた なあったりするとまよくこう影でこそこそ 泣くタイプの子でですからまシンは強かっ たんだろうなと思うんですええ負けず嫌い と言うんですかねだからまそこまでこう 悔しいと思えるぐらい真剣に野球に 取り組んでたんではないかなというの思い ますね今まで僕が見てきた子供の中でも 特別の彼は野球が好きででインベ パワフルズというこ少年野球チームはま カモ動画練習日でま日曜日が試合が入って たりはすんですけど月水金が開くんですよ ねこの月水金も野球をして遊んでたとです からもうほぼ毎日ボールを握って野球に 携るようなことであの触れてたんではない かなと思います ね切水の負けず嫌い その強い向上心と探求心が今でも山本の石 となってい [音楽] ますに入ると志願して内野へ転校理由は シンプル楽しいからその気持ちがまた向上 心を生むことになります小柄でまキシャ だったのででも あのま器用でねセンスがいい選手だなと いうのは感じましたねま自分の希望で内野 集をやってたんですけれども無難 にこなす もう先輩の中に入っても全然引き取らない ぐらいうまかったですはい小学校の時は キャッチャーをしてたんですけどその56 年メインはでもまキャッチャーあんまり こう楽しくなくてまノックシートノックと かしても取るだけみたいなそれは全然 楽しくなかったんで中学入ったらま セカンドかまナイアアッシュしたいなと 思ってでまセカンドでずっとやってて でなんかたまたま1年生の試合を組める時 があってでもピッチャーがま2試合やるん で4人ぐらい必要ですけどまあ3人ぐらい しか多分いなくてみたいな感じでま ピッチャー小学校の時経験あったんで 投げることになったりしてそっからま ちょっとずつ登板が増えてっていう感じで ま中学時代は半々セカンドとピッチャーま 1試合目はセカンド2試合目がピッチャー みたいな感じでやってましたねまセカンド のの守備するのも楽しいしまピッチャーで 投げるのももちろんいっぱいボール触れる

から楽しかったです ね憧れの選手っって誰だったですかいや あんまプラ野球選手ってかプラ野球も放送 が小学校の途中ぐらいで地上波がすごく 減ったんであんま見る機会が減って あんまりこうなんて言うんだろうそのプラ 野球選手に憧れてるっていうよりは同じ チームの上手な先輩とかそういう方がま 憧れというかなんかまあなんて言うん だろうすごい尊敬というかそんな感じで やってましたねピッチングホームを真似 たりとかバッティングホームを真似たり みたいなそういうのはなかったですいや 全くないっすねしかもあんまり教わった こともそんなになくてこう投げろとかこう 打てとかなのでまなんて言うんだろう特に ないっすねへえボールが早くなってく要因 っていうか理みたいなのはご自身でこう なんかでもまあ少年野球小学生の時はま 軟式ボールで やってたんですけどま割と弾はま同級生の 中では早い方ぐらいの感じでまなんとなく 多分コツはなんとなく知っててでまあ高校 生ま中学入って公式ボールになって結構 重い重いなって感じるぐらいなんて言うん だろう重かったんで最初は体も ちっちゃかったしまそれで全然弾早く なかったんですけどままた体が大きくなっ てき てまそんな感じですかねそれでま力つい てっていう感じですかね そうですねコントロールは元々良かった ですけれどもねあの変化球ももうあの子 探求心がすありまして自分で変化球なんか 研究して自分で楽しみながら投げてました のではいまそういったことが生かされたの かなと思い [音楽] ますそして成長の要因がもう1 つ小学生の頃に学んだあの言葉 全てに感謝はいはいはいえっとこれが要は あの小学校の時のスローガンはいそうです ねあのとにかくま感謝な気持ちを持ってま 当然指導してくださる指導者だったり親子 さんだったり対戦相手だったりグランド だったりま関わってくださってる方にあの 全てのに感謝をする気持ちで野球をすれば その野球以外のことが一番学べるま野球を 1つのとしてそれ以外の大切なことを 学べるというあの指標になるよということ でえっと合言葉のような練習の最後に一応 みんなで大声で叫ば言葉にしてましたね はいだから僕にくれるサインボールだっ たりにはもう全てに関しては必ず帰って からサインを書いてくれますねま本当に

正直言うと子供ってまそこまでその部分で はあのこの子もそうですけども分からない 意味がねあの言葉は分かりますけど本当の 意味っていうのはそこまで分からない子供 たちの方が多いんじゃないかなと思います けどま今の この土地になってまこういうすごい選手に なってそのようにこう意味があの分かりま すっていうように言ってもらえるとま 私たちの指導者にもすごい嬉しいことでも ありますしま間違ってなかったんだなって いう風には思います はい全てに感謝それが 原点そしてその人間性が周囲の人々を 引きつけやがて運命的な出会いをもたらす ことになり ます自分がいいなって思った練習とか すごいこう取り組み方が変わったりま朝 から早く起きて練習する日が増え たりなんかこうすごいこう野球に取り組む 姿勢はその時に変わったと思いますし自分 で努力するっていうのもそこからすごい できるようになったかなと思い ます自分がどこに目標をいてたかっていう のは正直分からない部分はあったんです けどでもこの地元の美前を離れてやっぱり 高校宮崎のへ高校へ行ったっていうところ はすごい彼にとっての分岐 だったんじゃないかなっていう風には思い ます はいま高校に入ってからですかね高校に 行った時もま内野種で行くかピッチャーで 行くかって両ま二流みたいな感じで行って たと思うんですけれどもまどこかで ピッチャー1本っていうま分岐点があった と思うんですけれど も果たして高校時代に訪れた最大の岐点と は後編では山本の下した決断の [音楽] 意そしてプ入り後の進化に迫り ます初めてすごいこうま悩んだというか 初めてこう真剣に考えたかもしれないです ねその決断 は

NPBHUB.COM | The Fanbase of Nippon Baseball & Nippon Professional Baseball