2010南アフリカ・サッカーW杯の開幕直前、NHKの仕事でイングランドに行かせてもらったことがある。

 

依頼をいただいた際は、「なぜ南アフリカ・サッカーW杯なのにイングランド?」と思わないこともなかったが、結果的に、実に得難い経験となった。英国の伝説的なジャーナリストのご自宅にお邪魔し、ブックメーカーの心臓部をのぞかせてもらい、場末のパブでサポーターたちにW杯の展望を聞いた。どれもこれも、わたしがそれまでに体験したことのない経験だった。

 

あの時見たこと、聞いたことの多くは、20年近くが経ったいまでも、わたしにとってかけがえのない財産、判断基準になっている。また、当時は正直理解できなかったことが、いまになってわかってきた、ということもある。

 

たとえば、世界大会というもののとらえ方について。

 

ロンドンを中心に行なったこのときの取材では、確か、チェルシー、スパーズ、アーセナルのファンが集うそれぞれのパブにお邪魔した記憶がある。イングランド代表はどれぐらいやれそうか。注目すべき選手は?

 

そんなありきたりな質問をつたない英語でぶつけていくだけの取材だったのだが、W杯に対する彼らの熱量は、NHKのスタッフが期待していたよりも、そしてわたしが予想していたよりも、明らかに、それも相当に低かった。

 

わたし自身、スペインで暮らした経験はあるし、あの時点で、滞在した外国はほぼ3ケタに近かったはずである。世界中の多くのサッカーファンにとって、もっとも大切なのは日常たる国内リーグであり、日本中を一致団結させるワールドカップというイベントが、国や地域によっては違った意味合いを持っているということは、知識としては持っていたつもりだった。

 

ただ、行く先々のパブで、贔屓のユニフォームを身にまとったファンの口々から「W杯なんかどうでもいい」とか「ケガさえしないで戻って来てくれれば」という答が頻発したのには、正直、面食らった。

 

わたしが住んでいたスペインも、国内リーグが盛んな国ではあった。ただ、まだW杯で優勝した経験がなかったからなのか、W杯にかける彼らの思いは、日本人としても問題なく理解できるレベルにあった。つまりは、熱狂的。

 

これも国民性の違いなのか──当時はそんな風に自分を納得させたわたしだったが、いまならばわかる。イングランド人の気持ちが理解できる。「ワールドカップ」という固有名詞を「WBC」に置き換えてしまえば、阪神ファンとして痛いほどに理解できる。

 

2023年、わたしもWBCには熱狂した。準決勝のメキシコ戦で手に汗を握り、決勝のアメリカ戦では大谷対トラウトで幕が閉じるというあまりの物語性に言葉を失った。もちろん、今年も熱狂するだろうし、日本の連覇を祈る気持ちにはなんの混じり気もない。

 

ただ、だからといって阪神の選手が怪我をしてしまっては困るのだ。

 

侍ジャパンをこよなく愛するファンの方からすれば、身勝手極まりない発想かもしれない。だが、申し訳ない、その他大勢の阪神ファンはともかく、わたしは身勝手極まりない人間だった。宜野座でのキャンプ中、石井がアキレス腱を痛めた瞬間、侍ジャパンより先に浮かんだのは「開幕に間に合うのか」というシーズンへの不安だった。

 

日本を代表して世界と闘う。名誉なことだし、何としても選ばれたい、と考える選手は少なくないだろう。ただ、副作用も間違いなくある。WBCへの注目度や関心は、スポットライトを浴びることになれたNPBの選手にとっても、日常的なレベルとは違った次元にある。そこでのストレス、あるいは達成感は、必ずやその後のシーズンに何らかの影響を及ぼすことになる。22年、56本の本塁打を放った村上は、前回WBCがあった23年、ほぼ半減に違い31本に留まった。

 

同じことがサトテルたちに起きてしまっては困る。

 

サッカーの世界でも、W杯で大活躍した選手が直後のシーズンに調子を落とすケースは珍しくない。むしろ、あれほどの大舞台を経験した選手が、何事もなかったかのように日常のシーズンへ戻っていける方が特別なのだと、私は思っている。

 

だからこそ、身勝手な発想と承知しつつも、ある程度の覚悟はしていた。WBCの結果がどうであれ、サトテルや森下、坂本は何らかの疲労や影響を抱えてチームへ戻ってくるだろう、と。これは責めるべきことではなく、避けがたい現象に近い。ファンとしても、昨年並み、あるいはそれ以上の数字を当然のように求めるのではなく、チーム全体の底上げに目を向けるべきなのかもしれない──そんなふうに考えていた。

 

それでも、おそらく優勝争いの軸は揺らがないだろう。昨季負け越した中日の底上げやスタジアム改修は気になる要素ではあるが、巨人は岡本、ヤクルトは村上を欠き、DeNAもジャクソン、ケイの退団で戦力構成が大きく変わった。主力の不調というより、主力そのものが入れ替わったチームも少なくない。

 

そう考えると、紆余曲折はあっても最終的に連覇圏内にいる──という見立て自体は大きく揺らいでいなかった。ただ、ここへ来て、その楽観に少しだけ加速がついてきているのも事実ではある。

 

 

 

WBC、阪神の選手たちにとってはプラスかもしれない。

 

いや、もちろん重圧はあるだろうし、シーズン前の大切な時期にいつもとは違ったことをやる代償がまったくないとは思いにくい。ただ、宮崎での日本代表合宿における阪神の選手たちの動向に目をやると、なんというか、実に楽しそうなのである。

 

サトテル、森下は元阪神ファンの国民栄誉賞受賞者、松井秀喜さんを質問責めにしていると聞く。坂本からすれば、まだ無名に近かった時代に自らのフレーミングを絶賛してくれたダルビッシュとの交流は楽しみで仕方がないだろう。そして、WBCがどんな結果に終わろうとも、こうした交流がもたらしたものは間違いなく選手たちの奥深い部分に残る。

 

財産、宝物として残る。

 

いや、それはチームに参加したすべての選手に言えることなのでは?と思われる方がいるかもしれない。その通り、すべての選手に機会は与えられている。だが、そこで積極的に動くかどうかによって、得られるものの多寡はずいぶんと違ったものになろう。阪神ファンとして幸いなのは、今回侍ジャパンに参加した3人の選手が、いずれもコミュニケーション能力に長けた、言ってみれば“陽キャ”なタイプだったということだろう。

 

本人にとっては受け入れがたい出来事である石井の負傷だが、見方を変えれば、WBC後の疲労や消耗を抱えたまま復帰し、周囲から昨年並みの活躍を期待され続ける状況よりも、開幕も危ぶまれるケガからの再起を目指す現在地の方が、気持ちの整理はつけやすいのかもしれない──そんなふうに考えるようにしている。

 

仮に石井の復活が遅れても、その穴はたぶん、桐敷や畠あたりが埋めてくれる。日本シリーズでパ・リーグの代表を倒せるかとなるとまだ自信はないが、セ・リーグを勝ち抜く可能性はかなり高いのではないか、とうぬぼれている。

 

もう30年以上、毎年開幕前には思っていることではあるのだが、今年もまた、阪神の優勝は鉄板である。

 

 

【文章】金子達仁
【写真】大谷翔

NPBHUB.COM | The Fanbase of Nippon Baseball & Nippon Professional Baseball