「日本球界の宝になるだろうと…」恩師が語る日本ハムの主砲・万波中正の高校時代

これは大変なものをお預かりしてしまった なと思いましたね。あの、本当に将来野球 会のあの宝になるじゃないかと思われる ような、そういう潜在能力持ってたんで、 うん、ま、正直3年間で物にならない だろうなという思いのが強かったですけど 、まあでも冒頭にも言ったように、まあ、 でも間違いなく将来日本野球会の宝になる だろうという、そういう選手であることは 間違いないという風に思ってたんで、また 新庄監督と出会って、ええ、プレイさせて もらったということが、ま、旗から見ると ですね、あの、すごく彼にとっては良かっ たんじゃないかなという感じがしますね。 どうも皆さんこんにちは。野球.comの 栗崎です。高校野.comの人気企画音士 が語るヒーローの高校時代。今回は北海道 日本ハムファイターズの手法真波中世選手 の高校時代について音師である兵庫再生 効果高校の平田徹監督にお話を伺っていき ました。 2015年の夏から2019年の9月まで の4年間、神奈川県の名門横浜高校で監督 を務めた平田監督。 人1年目の2016年から2018年に かけて夏の神奈川県大会3連覇を達成し、 翌2019年の選抜光戦にも出場。 2022年の夏からは兵庫県の村の工業 高校、現在の再生効果高校の監督に就任し 、この秋は兵庫県大会ベスト4進出を 果たしました。 今回はそんな平田監督に北海道日本ハム ファイターズの手法真波中世選手の高校 時代についてお話を伺っていきました。 2018年のドラフト会議で北海道日本 ハムから4位試目を受けてプロ入りした 真波選手。プロ3年目の2022年に14 本塁打を放ってブレイクすると圧倒的な 長打力を武器に主力選手へと成長。4年 連続で100試合以上の出場果たし、 2023年には事故最多となる25本塁打 を記録するなど明日と共もにファイターズ の顔となりつつあります。 果たして平田監督からは一体どんな エピソードが飛び出すのか最後まで是非 ご覧ください。 どんな印象を受けました?初めて見た時っていうのは? 初めて見た時は、ま、あの、ところで言ってるんですけど、これは大変なものをお預かりしてしまったなと思いましたね。あの、本当に将来野球会のあの宝になるんじゃないかと思われるような、そういう潜在能力持ってたんで、なんていうか下手なことはできないなというね、これは大事に大事に育てなきゃいけないなと思いましたね。 それはこう監督さんが誘われたのか、例えば他の方々のスカウトなのか、ま選手が自分から行きたいってどんな感じだったですか?横浜高校へ入る経緯っていうのは。 あ、ま、あの、僕が誘ったわけじゃないんですけど、ま、本人も希望してくれて、あの、たま、ま、話がなんていうか、ガチしたというか。はい。 ま、これまでもたくさんすごい選手見てこられたと思うんですけども、やっぱりません。また他の選手は違った素材というかものはやっぱ感じられました。 特別な選手だなっていうのは確か。 そうですね、やっぱりこうスケールの大きさというかね、あの、どこまで伸び代をどこまで持ってるのかっていうのがなんていうか測れないような、そういうスケールの大きさがありましたね。あとはその、ま、ハーフの選手ですけど、どちらかというとパワーがクローズアップされるかと思うんですけど、体が非常に柔らかかったすね。 柔軟性がものすごく高くてだから大きくて 筋力あってしなるっていう うのがものすごいなんていうか印象的で まだこそおま当たった時の飛距離なんかは もう本当に半端じゃないんですけど一方で 体を大きな体をコントロールするのが 難しいっていうね、ま、そういう課題が あったかなと思いますね。うん。 結構なかなかそういう選手って、ま、高校みたいなトーナメント短決成で使うのって結構勇気にいる部分はあると思うんですけど、結構なんか 1 年生のからずっと試合出てたじゃないですか。 どういった、ま、期待だったいと、 ま、本人にはどういった言葉をけて試合に集まったんですか? うーん。ま、正直3年間で物にならない だろうなという思いのが強かったですけど 、まあでも冒頭にも言ったように、まあで も間違いなく将来日本野球会の宝になる だろうという、そういう選手であることは 間違いないという風に思ってたんで、ま、 あの、とにかく大きくう育てるということ の中で使っていこうということはもう一貫 してました。 だから、ま、あの、ま、早い段階からなして、で、ま、結果がすぐに伴わなくても使い続けるということはあのやりましたけどね。 じゃあ、もう少々結果出なくてももうオッケーだよぐらい。 だいぶ結果出ませんでしたけどね。はい。 それで僕も随分叩かれましたけど、でもま 、あの、この選手は2年と3ヶ月、2年と 4ヶ月で結果を求めるようなスケールの 選手ではないっていう風な思いはあったん で、で、ま、彼もそのどんなに結果が出 なくてもものすごい練習熱心な選手で、ま 、ひ向きに努力を継続できるというね、 そういう面を持ってたんで、だからあの、 彼の姿勢を見たらなんていうか、あの、 外そうとか変えようと とかっていうそういう気持ちになったことはないですね。 結構その高校生とかだったらなんです結果出てない。あいつが出て俺出れないんだみたいなってなったもおかしくないじゃないですか。でも結もじゃあまあいいはな出るのは納得やみたいな感じだったんですか? そうですね。ま、あのそういう声が僕の耳に入ってきたことはなかったですね。 で、ま、彼は人間的にも非常に優れてたん で、非常にこうチームメイトともなんて いうかバランスがよく取れたというか、 決してこう自分のことをスペシャルだと いうようなね、そういう感覚を持ってあの グランドでも教室でも多分振るまったこと はないんだと思いますね。だから非常に チームメイトからも人気者だったんかなと 思いますね。僕も当時に取材させたことが あって結構でもすごいコミュニケーション 能力が高い子だな。そうです。そうです。 感じましたね。 はい。 ただ結構最後の特に3 年生なってからすごい苦労した印象があって結構なんか関東大会を春の関東大会絶長だったということで なんか夏も最初1 時トーク外して追加トークで入ったんですよね。 結構あの辺ってどんな感じだったんですか? いや、あの辺は僕も本当に参りました。 あのね、夏の大会が迫ってくる中で、ま、やっぱりどうしてもね、少し、少しでいいから、ちょっとでいいから結果を残して欲しいっていうようなね、時期だったんですけど、ま、それが全く打てないと。ま、関東大会の時なんかはボールがキャッチャーミットに入ってから振ってるぐらいも本当それぐらいなんていうか、ま、いろんなことを見失ってた時だったなという風に思うんですけどね。 あの、だからどうしようっていうね、まんなを夏外す、外すわけにもいかんだろうと怖ったなっていうね。あの、本人も苦しかったと思いますけど、僕も苦しかったっすね。 やっぱそれちょっと本人もやっぱ真面目ところから結果出さないといけないチーム引っ張られてるのが空ましてた感じだったんですか?それでも技術的な。 いや、技術的なことだと思いますね。 あの、やっぱり、あの、 なんていうか、やっぱり大きな体を コントロールするっていうことの難しさ。 それから、ま、彼は非常にこう研究熱心で 好奇心王勢なんで、ま、あの、な、何て 言うんでしょう。色々と考えすぎてしまう というね、ま、もっとシンプルであってい いっていうことは僕は何度かアドバイスし たことあるんですけど、ま、なぜ本人研究 熱心なんでいろんなことを勉強して、 いろんなこと研究して、いろんな情報を 取って、ま、総育工夫思考錯誤しようと するっていうことが、ま、あの時は結果的 にはちょっとブレブレになって軸が定まっ てなかったのかなというね、そんなところ もあったんじゃないかと思いますけどね。 なんか出たも出たんですね。なんか 最後3 年生入ってるぐらいですか?料出たのって。 僕もあんまりはっきり覚えてないんですけどね。 なんかそんな記場1 回ちょっと見たことある。ええ、 なんかそれ監督さんがもうちょっと出なさいっていうおっしゃったんですか? まあ、当時はそのなんていうか、あの、位置付けとしてはそのレギュラーメンバー主力選手があの入るところていうね、ま、そういうものがあったんで、ま、当時の彼は残念ながらそういうポジションを取れてなかったんで、ま、通学店内であるということでね、あの、まあ、を出さるを得なかったという ね、あの、なんか僕が挑的に出したみたいなそういう一部ニュアンスで伝わってるところもあるような感じなんですけど、僕もなんていうか出さ、あ、なんていうか出さるを得なかったというかね、 あの、非常に僕自身も苦しかったのは覚えてますね。 ま、特別扱いするわけにもいかないでしょう。 そうなんですね。 やっぱ実際でもそういう子は毎年いるんですよね。 やっぱりそのレギュラー の中でちょっと外れたらで例えば神奈川とか東京の子だったらに変わりとこは全然 そうそうです。あの当時はまそういった形で結構なんていうか出たり入ったりっていうのは割と頻繁に行われてましたね。 ま、その中で最後夏結局最後は試合出て結構活躍もされたと思うんですけど、それはどう何かきっかけで変わったんですか? あのね、6 月の練習試合であのプロ注目のピッチャーから 2本ホームラン打ったんですよね。 そっからなんか何かが吹っ切れてそっからはもうなんていうかもう本当に固め打ちというか急に良くなったっていうかね。はい。 ちなみにそのプロ注目とピチャってどのピチャですか? あのね、松学園の直上君ていう巨人ジャイアンツ いとこですね。はい。 はい。から はい。強烈なホームラン2 本行ったんですよね。そっからですね。 うん。 はい。 僕も何が要因で良くなったのかさっぱりわからないんですけど。はい。 もうでもこの時期だったら開き直てる可能性ありますよね。 どうなんですかね。うん。まあまあでもあの本当に強烈なホームランでしたね。はい。 はい。スタート。 ま、でも彼が戻ってきたことやっぱチームにとってもすごく大きかったですよね。やっぱり夏では はい。 なるほど。 ま、そんな中で、ま、こう終わってみればじゃないですけど、夏はしっかり会主として頑張ってくれて、ま、ドラフトもう要使名でしたけども、 当時はどうぞドラフト会議ってどんな感じだったんですか? ま、波選手指名されるかな、どうかなっていうのは。 いや、まあ、指名はされるだろうとは思ってました。 うん。 はい。で、ま、本当に 12 球団どこから指名されてもあのお世話になるというね。 ま、そういうことだったんで、ま、あとは何番目に呼んでもらえるかなということだと思いますけどね。でも本当にあの、いいチームにあの、引いてもらったなという風に思いますね。 あの、本当にファイターズに入ったって いうことは彼にとって非常にいい天気だっ たと思うし、また新庄監督と出会って、え 、プレイさせてもらったということが、ま 、旗から見るとですね、あの、すごく彼に とっては良かったんじゃないかなという 感じがしますね。 ま、今の活躍っていうのは、ま、ある程度 どうですか順調に行ってるなって思うのか 、まだまだやれるかな。 予想以上かな。どんな感じですか? そうですね、あの、元々僕もまあ、なんていうか本当然とですけどね、科学的根拠はありませんけど漠然と、ま、 256歳ぐらいでなんか1 つこうピークに近づいていくるような、そんな、なんていうか、な んて言うんですか、それぐらいのイメージを持ってたんで、ま、そういう年齢に達してきたと思うんで ね。で、ま、でも彼の持ってる ポテンシャルからしたらもっと伸び代は あると思うんで、だ、その多分今度は、ま 、フィジカルも含めた、ま、技術的な要素 が大きくなってくるのかなと思いますけど 、だ、これからどこまで行くのか、どこ までこう頑張ってくれるのかすごく楽しみ ですね。 ま、来年まね、WBC もあって選ばれるかどうか分からないですけど、ま、来年以降どんな活躍を期待されてらっしゃいますか? え、まあ、なんていうか、こう、非常に、ま、人間的にも魅力があるし、スター性もあるし、こうファンを魅了する力っていうのを持ってると思うんでね。で、ま、すごくこう見てる人をワクワクさせるようなそういうプレイヤーだと思うんで、もう本当にね、頑張ってほしいなという、ま、あの、ま、それだけですね。はい。 はい。わかりました。ということで今回の 恩子が語るヒーローの高校時代は北海道 日本ハムファイターズの手法真波中誠選手 の高校時代について兵庫再生効果高校の 平田徹監督にお話を伺っていきました。 高校時代に指導した平田監督の話を聞く ことで改めてですね選手の底し知れの身体 能力を感じることができたのではない でしょうか。最後におっしゃっているよう にですね、まだまだ成長家程だと思います ので、今後どんな成長を見してくれるのか 本当に楽しみです。次回もですね、平田 監督に恩師が語るヒーローの高校時代お話 を伺っていきましたので、次回の動画も 是非ご覧いただきたいと思います。

高校野球ドットコムの人気企画「恩師が語るヒーローの高校時代」。今回は北海道日本ハムファイターズの主砲・万波中正選手の高校時代について、恩師である兵庫・彩星工科高校の平田徹監督にお話を伺っていきました。#高校野球 #甲子園 #横浜高校

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