松井秀喜さんより前に長嶋監督が一目惚れ!?「病気だと言ってくれ」他球団を騙したドラフト秘話!?怪我なんてお構いなし…地獄の伊東キャンプ伝説!?元巨人・篠塚和典さんが語るミスターとの絆【①/5】
さあ、上原さん、今回は巨人の大先輩がゲストに来てくださいました。 声貼られへんな。なんかな、 緊張、緊張されますじゃない。 事務所が、 あ、場所がですか? 場所が前の、前の方が良かったな。 いや、まだ2回目の収録。 いや、前の方がもっと声晴れたし。 うん。でも前に戻るってことはないと思うので [笑い] 慣れなか、 慣れないといけないんですけども。はい。そんな中。はい。 ゲスト来ていただきました。日塚和か典さんです。よろしくお願いします。 はい。よろしくお願いします。 ありがとうございます。 ありがとうございます。しさん。 はい。 上原さんとの関係性で言うと はい。昨日時はコーチとしていらっしゃったということですよね。 はい。コーチと選手のでもコーチっても野種の方なんで あまり接点はなかったかなっていう。はい。 あとやっぱり子供時代で言うとやっぱり石野さんの華麗な守備流し打ちあのバッティングを浦さんも見ていたと。 柔らかいバッティングでね。 はい。 え、通算打率が 3 割4輪です。 3割超えてんねんで。 はい。 すごいっす。野球やってた人は我々時代だと 1度は し塚つてを必ずやってますね。 し野さんね。 でもあとし野さんがコーチで俺が先週の時に家がま、まあまあ近かった。 あ、そうなんですか。 あのくれてた。 あ、そうなんだ。 たまに あれた羽田空港とか ええ一緒に新横とか はい。 あの そうそうそう。 あとあれが一緒やったからね え。僕1人じゃない。 ニオか?あ、ニオも出ましたっけ? ニがちょうど角だったから。 手前の はい。 うん。 ちょうどだから目黒通り沿いに 2人いたって感じだった。 そう、そう。なんでし野さんが拾ってお 2人をで羽田とかに行ってた。 何してるんですか?先輩に 運転手。 いや、しさん運転手してない。 うん。 奥さんが次郎さん、上原さんのこう印象というかどうですか? いや、もうそれはもう即戦力でね、ま、やっぱり素晴らしい活躍してくれたっていうすごい心強かったですよね。うん。彼が投げる時は 結構、ま、打たなきゃいけないんだけど別にそんな打たなくても [笑い] ある程度抑えてくれるだろ。 抑えてくれるからうん。そういう意味では楽でしたね。逆にね、もう毎日行ってもらおうという先発で毎日無理です。 それはそうだけどね。うん。 うん。ですからね。はい。 もう で、先ほど上さんもおっしゃってましたが、サドマッチでも華麗な守備、そしてあのバッティングして 篠塚さんずっと形がこう変わらない。 変わでね。あれ紹介みですよね。売ったの。 そう、そう、そう、そう。 脳みめっちゃ早かったやろ。 はい。はい。 だから戦闘バッターあれ誰やったっけ?もうめっちゃ早くて打てんって言って次し野さんがヒットってた。 だってさん、もう68歳ですか、今。 はい。おかげ様で ずっと変わらないですね。 変わんないっすね。体型も変わんないですよね。しうん。 いや、でもね、やっぱりそのサントリーとか毎年やってるじゃない。やっぱり年齢放落ちてるね。 はい。本ん当ですか? うん。 さんずっと変 その間って練習してるんですか? 全くしない。いや、していこうかと思うのよ。 1 週間か2 週間くらい前にね。でもそういうあの場がないんだよ。 練習するところで。 いや、それでもあれで打つだから。 そうね。や、そうなんだ。だから 1年ぶりにこう投げても投げれるんだよ。 いや、もうそうですね。 はい。 本当に1年の1回ですか?あれの 試合はね、サントリーがあ、 ああね。 いやいや、あれあんだけ動けた。すごいですよね。すごい。 あの、ゴルフもご一緒したことあるんですけど、打ち方もやっぱりあのバッティングのおかげがそうなんですよ。 柔らかいんです。アプローチとかすごいんですよ。 うん。うん。うん。 いや、何をやってもし野さんはうまいな、カレーだな、かっこいいなっていうイメージなんですが。さあ、改めてその塚さんの経歴を簡単にご紹介していきましょう。 1957年千葉県のご出身でございます。 調子商業時代は夏の甲子園で全国制覇。 調子商業ね。 はい。 はい。 そして1975年のドラフト1 位で巨人に入団同期は中清さんがいらっしゃいます。 ドラフトなんですね。 はい。 いや、俺が生まれた年だから。 あ、そうですね。 生まれた年のドラクトです。 はい。 サイで清さんですよね。はい。 駒沢大学から そして不動のセカンドとして活躍されまして周列者 2回、ベスト9回、ゴールデングラブ賞4 回と いうことで1994 年に現役を引退した後もですね、巨人で長くコチを務められまして、 2009年にはWBC 日本代表の打撃構知として世界一にも貢献されました。巨人史場最高のセカンドとの呼び声も高いア製造機でございます。 ゴールデングラブもうちょっと取ってたイメージが ああ、そうですね。 ちょっとなんか少ない感じがすん。 当時だとどう正田さんとかも多いんですかね。 あとは他の誰があの高木とかね。 うん。あとは正田 正田さんもいらっしゃね。 でも岡田もいたんだよね。 あ、そうだ。 阪セカで意外となんて言うの?我々選手っていうのはさ、やっぱり守備でそこしっかり見てほしいなと思うんだけど、でもね、年間の意外とこう成績とか そうなんですよね。打率のとか、 そう、そう、そう。そういうものをね、こう加えちゃうケースがあるんだよね。 うん。それ今でもそうな 一緒だよね。 そう、そう。 はい。 ということで、ま、いつも私更新マウントを取らせていただくんですが、 黒されてますんで。 おお。 はい。 そか。全国すげえ。 はい。2年生の時ですよね。2 年の時。 はい。 で、これすごいのが その年から金属バットが会禁になったんですよ。甲子園。 ほう、ほう。 はい。それで木たの? 木星だったんですよ。 そうなんです。 はい。ただし野さんはその中で木星でホームラ売ってます。 ええ。 はい。 え、なんで金属使わなかったんですか? プロ考えて。 ああ。 うん。で、そんなにあの力っていうものあるわけじゃないし、金属バットで はい。 飛ばしてもいい木になったうん。なった場合の ギャップが激しいっていうこともあったし、意外とその木星バットルに関して僕すごい繊細だったの。小さい時から。 やっぱりこう失って打つっていう もうその頃からんですか?校の ずっと失ってます。 今でもしない。 そう、今ちょっと で、高校の時も冬なんかは金属 使ったりしたけど はい。 やっぱり合わないんだよね。 へえ。 詰まっても多少先でも飛んじゃうじゃないですか。 はいはいはい。 だからなんかあれ、俺力あんのかなと思っちゃうし。 逆に変な感覚になる。 そう、そう、そう、そう。あ、 そういうのがあってやっぱりあの春から夏っていうのは はい。 ずっと木星で はい。 木で売ってる。で、じゃあ最後の高校3 年生の夏もう、あ、木星で行ったけど検態大会でね、負けちゃったんで はい。でも今でも木星使う子いるよね。 いますね。はい。やっぱりその上を見据えてみたいなところで木星を慣れさせるみたいなところもありますけども、 トイゼと1 個千アさんがいらっしゃってそうですね。 し野さんがいらっしゃってで、1 つ下に中市の宇野さんがいらっしゃる。あ、宇野さん。 はい。 調子。 あ、ヘディング。 はい。 めっちゃヘディング前。 いやいや、ホームランを取ってらますから。 あのプレイゴそうですね。イメージがね、何回も毎年やってるみたいに出てくるんですけど、 やっててもあれがナンバーワン。 そうです。 今やってもナンバーワンです。 あれ1 回しかやってないですけど毎年流れるんで毎年のさんヘディングしてるみたいなイメージになってますけどあれ 1回だけですからね。 で、あのホームベースで星野さんがグロム叩きそうですよね。 ま、あれだけ合わせられへんだ。そうです。 1 つ後輩に宇野さんもいらっしゃるなんですが、私はあの何かで見た時にその高校 2年生の し野さんのバッティングを当時長嶋さんがテレビでご覧になっていて うん。ほ で翌年ドラフト 1 位で指名したいと。ただし野さんあのちょっと 3年生5病気されるんですよ。 なのでちょっとあのそれもあって体力的には厳しいんじゃないかっていうその ほ 評判の中長中島さんが是非し野さんを取ってくれということでそのテレビだけで その甲子へのバッティングを見てだからそれだけすごかったってことです。でしかも綺麗を残してるんではい。 そうでもじゃあ他の球団からも来てました。 あ、来て来てたね。そん時はね。え、 何球団ぐらい来られました? いや、10近く来てましたよ。 お、さすがです。 あの、夏終わってね。 はい。 だけど、ちょうど夏終わっての秋に 6マ はい。 やってしまったんで、 ま、自分でもやっぱ体力をね、またつけなきゃいけないっていうことがあったんで、やっぱ社会人 うん。 もう夏終わっても監督とかうちの家族なんか方も、ま、社会人行って うん。体力ね、また はい。 で、そこで自分のまたプレイっていうのが、ま、プレイ野球でスカウトに認めれて 2年やって から でもいいだろうと。 うん。 うん。だからそういう思いでずっとあの 3年負けた後はね。 うん。 もう日本石に行こうかなみたいな話になってたんですよ。日本石に。 あ、もうあの合宿っていうか宿人も行ってユニオももらってたし。はい。 へえ。 そうですよね。 そう。 日席なんだ。その長嶋さんがその2 年生の時のバッティングを見ても もうし野さん取ってくれっていうのは本当なんですかね? うん。いや、僕はそれドラフトをやった時ってのは普通にだから 学校行って 普通の中でのその使命っていう感じ でね。で、でも さっき言ったようにやっぱりジャイアンツのその練習ってのは厳しいっていうのがあるんでやっぱり はい。 ついていけるかなっていうすごい不安。 はい。うん。それをあのドラフトのま、 1 週間前に結局うちの斎藤監督のとこに、ま、ミスターかジャイアンツか知らないけど、その指名すると はい。 いう話が来た時もちょっと喜べなかったのよ。 あ、 ま、ジャイアンツってそれはもう魅力あるしやっぱりうちの家族なんかもね。はい。 指名してもらったらね。うん。 うん。それはないとかも何にも聞いてないし、ただ行った方がええんじゃないかっていう、そういう話もなってたんだけど いざやっぱりドラフトになった時にドラフト 1位じゃないすか? はい。1 位です。1 位じゃないですか?1位です。1 位です。はい。はい。 まさすぐ1位とは思ってなかったんです。 そうなんですか。 学校の業中に内放送で流れて ああ、そうなんですか。 そう、そう、そう。周りはわあって言うんだけど。 はい。それそうですよ。 俺喜べなかっていけるかなと。 ま、それがすごい不安で。 へえ。 そう。で、それで 3 日後くらいに長嶋さんが調子に来てくれて はい。 で、長島さんとこお話していただいてはね、あの、まだ線も遅いし、ま、病気もやってるから 3 年間ファームできっちり鍛えるからて言われて はい。 で、テンション上がってきたの。 ああ、なるほど。そう、そう、そう。 猶予があるというか、じっくり育ててくれるんだっていう。はい。そう。 だ、その間なんとかしようっていうね、そういう思いもんで、入ってだから 3 ヶ月かそのぐらい経ってからですよ。その話をドラフトの話を聞いたのか、 聞たのか。 はい。 他の人がみんな反対したけど反対したか。 ミスターが俺が責任を持つからていう形でお前 1 位にしたらしいぞっていうだ僕それ聞いてからだミスターに恥を欠かしちゃいけないっていう思いで それからやってきた。 はい。へえ。 そ、中島さんが取ってくれたと。 そう、そう。 自分がダメだったら長嶋さんに恥を欠かせることになるから同じ市千葉県出身ですし。 そう。 はい。 もうそう思いながらやって、ま、なかなか一軍にはね、行ったりきたり でも3年っていうのはちょうど7678 でしょ。 はい。 で、3年ちゃんと鍛えて 79年からすっげえ増えてるからに まさにその通りじゃないですか? はい。ま、で、その79年の時80 年にミさんがやめちゃったじゃないですか。 はい。 ま、それがちょっと自分の中でもね、 やっぱりこう うん。 監督やってる時に、ま、少しはこう目が出てきたかなっていう感じはしたけど、まだこうレギュラっていうね、そういう感じにはなってなかったんで、ま、ちょっとそれはもうすごい寂しかったですよ。 [音楽] あ、島さんがいなくなる。 長島さんに恥をかせ。 俺も、 俺も長嶋さんやってんけどな。 ま、そうですよね。思いありました。 何もなかったな。ニかよく頑張ったって言われ。 かって言われてたからな。 頑張ったよ。にか これさらに これまた伝説なんですけども。 うん。 当時そのお病気されてし野さんが で、そこに長嶋さんが病院に電話をかけて、そのし野さんのその体の状態どうなんだということを聞いて、いや、あの、あの、長嶋先生が長嶋さん大丈夫ですということで、じゃあ他の球団からかかってきたらダメだって言ってくれと。 [音楽] ほんまそれ ていう伝説も残って、それだけもうだった。 しさんに続込んでしさんをなんとか取りたいということで長嶋さんは それ本当なんですか? 本当ですね。 すごい。すげえ 本当だったんだ。 そんな話あんねや。 はい。 他のダメです。 良くないですって。それもおもろいな。 はい。 ええ。 でもそれだけで責任を持って取って 3年で鍛えて育てるからっていう。 いや、それは恥を欠かされないってなりますよね。 いや、なんか長嶋さんって言ったらこう思っり松井さんとの関係がね、クローズアップされてるけど野さんともそういうのがあったんですね。はい。 結構に寝てます。そういうのって。 ま、僕はあの言ってますけど、 ま、ま、そんなにはね、詳しくはみんな知らない。 でも確かにそうですよね。あの、松井さんとのあの 2 輪のね、つりの話とかますけど、その前で言うとし野さんなんですよ。 もうちょっと世に出しましょう。 いや、だからまさに今世に出してるんですよ。 もうちょっと出しましょう。野さん どんどん出して ということでし野さんといえばもう巨人 1月19 年その後もコチを歴任されたということでま うん ジャイアンツの数々のレジェンドの皆さんとえ共にプレイをしたり見たりということでちょっとそのお話を伺っていきたいと思うんですがまず長嶋さんのお話出たんでやっぱり有名なのがあの時刻の伊藤キャンプと はい。 これ本当に厳しかったですか? 厳しかったですね。 はい。 それ量ですか?やっぱりその質量厳しさ全部 そうそうそう。伊藤スタジアムっていうそのもう上に 宿舎があるので はいはい こんなとこでやんのかね。 もう本当に宿舎と球場の 球場が近すぎんじゃねえか。 もう逃げられない。もうそこしかけない。 はい。1 番最初のこう君っていうかね、ミスターの事っていうのが はい。やぱそのそれまではやっぱりこう V級の人たっていうのがやっぱりこう前に 1人ずつ抜けてって はい。 やっぱりこれからチームを作らなきゃいけないっていうね、そういうちょうど年だったと思うんだよね。で、それがうん。 ま、秋ね、キャンプなんてやったこと、他のもやったことないやつをやるっていうのはシーズンの途中、もう終わり 9月とかね、10 月くらいにはもうそういう噂がなんか気のやるらしいぞっていう噂はでた。実際他の球団もやってなかったんです。ジャイアンツが初なんすか。 そう、そう、そう、そう。 当時オフですか?もうシーズン割ればオフですか?もう絶対。 そう、そう、そう、そう、そう、そう。 え、初めて知ったよ。 うん。だ、キャンプってよりも我々あの入った時からは玉摩川で はい。結局12月の25日まで、 あ、その練習は 練習してたっていう。その春のキャンプに見たくっていうのはやってなかったんで、 なんかあるらしいぞっていうね。そういうあれ、え、 やるからにはやっぱり選ばれないとっていうね、なんか小人数でやるっていうあれだっ。そう、そう、そう。これ 18名なんですよ。あ、 少ないすね。 ピッチャー入れてですか? ピッチャー入れて、 ピッチャー入れて18。 そう。 は、すな。ピッチャー先発ローテ 5人というでしょ。 そうだから江川さんとさん、西本さん えあとは藤史郎さんとピッチャー赤ね も何人かいたかな。で、野が結局野種 8人、8 人、8 人かね。9人ぐらいだった。 本当に8人やったらもうポジション1人ず 完全のレギュラーの人たちだけみたいな。 そう、そう。 で、その人の時にもさっき言ったように、ま、これからお前たちがジャイアンツをね、やっぱり 10年、15年 はい。 うん。 こうやっぱり引っ張っていく。 そういう選手に育てるためにやるんだっていうのをやっぱり聞いて うん。 約3週間3 週間 だから誰1 人怪我しなかったっつのは不思議だよね。 そうですね。うん。 え、もう朝から晩までと。 朝から晩まで。 へえ。 石何が1番しんどかったですか? ま、最初のワンクはやっぱりしんどかったですよ。 はい。はい。 どういうのをこう1日1 やるかってのわかんなかったし はい。うん。 でもツクールサンクルーってやっぱりもう慣れてくる 逆に。うん。辛いんだけどね。 で、大体こう1 日のスケジュールが分かってくるし、もう大体同じことばっかりじゃ。毎日 20日間。 うん。はい。 だ、その同じことを20 日間続けたキャンプでもキャンプでもなかなかないよね。 うん。はい。 うん。 うん。 その続けたっていうことがやっぱりそのみんな選手にのなんつうのかな技術のま、向体力 ていうものはこうは 本当についたキャンプだったと思いますよ。 うん。それは今の秋のキャンプやってるチーム球団とその当時の練習メニューっていうか強度も全然違いますか?う ん。違うね。だから打つ走る。え、打つ受ける走る。この 3つだけだから。 ああ。はい。 でも秋ってそれでいいですよね。 うん。実践は全くやらないし。 はい。はい。 だからその辺では本当にこう集中できたっていうか ボールの入ってるって大体120 個くらいなんでね。 はい。はい。 一挙に打つのよ。一気に。 でも最初打てなかったのよ。 129。休憩なく続けて続けてね。うん。 最初の頃はもう半分もいかずの時にもう結構へっちゃってっていうやつだけどこれがだから第 3クルー4クルーってなった時はもうその 120個も簡単に大丈夫ですねえ。 あの打てたっていうのがあるしだその分体力も ついてきてるしやっぱり同じことをやっぱり続けるっていうのは本当に大事だなっていうのはもうなるほど 経験しましたよね。 飲みに行く元気なかったですか? 誰だって休みないんだから。 あ、そうですよね。ぶった。 そう、そう。休みなくて 1日間、9 日間くらい終わった時にその当時の青田さん はい。 ま、1回くらい休憩しようやって はい。 休みになったんだけど何しようか伊東ですから。 はい。周りに何も 何もないです。釣りに行こうって。うん。 あの、船借りて へえ。 一緒借りてさ。 はい。はい。 で、みんなで 釣りに行ったっていう。 うん。 うん。シ野さん、自分でもその120 球が打てるようになってきたみたいな話もありましたが、他の方見ててもうわ、 もうそうそう全然変わってきたなみたいなて自分なんかやっぱり体力ある はい。 うん。 選手だから やっぱ中さんにしろね、そういう、ま、青木さんなんかもて、河野さんもいたし結構やっぱそういう意味ではみんな はい。 なんかこう自信に見したっていうか終わった時あはいはい。 それは感じたよね。なんかいけんじゃねえか。なるほど。 やっぱりそのやるっていうのは自分の自信にもなりますもんね。大事ですね。 別プロの練習って実際俺大学の方がしんどかったなと思ったね。キャンプ来た時に。あ、プロってこんな練習楽でいいのって。 多分みんな思ってたと思うよ。そうですね。 うん。高校とか大学の練習が絶対しんどかったと思うよ。 しさんの現役気の中でもやっぱりあの地獄の伊東キャンプが 1番しんどかったですか、やっぱり。 ま、そうですね。 春はどうなんですか? 春はね、やっぱりこう怪我さしちゃいけないっていう思いがあるので。 ちょっと落ちるっていうか。 そう、そう、そう、そう。その辺も考えながらやっぱりコーチの人もね、こう うん。 やっていくような感じでしたけどでも俺たち若い時ってのは全くそういうの考えてくれなかったよね。 やれやれと、 もうやれやれ。ダメダメならもうしょうがないってそういう感覚だったんで。脱 落したら終わりってことですもんね。 そうそうそうそう。 やっぱりあの伊藤キャンプがあって自信がついた部分もあってその 5 っていうのにも生かされてる部分ありますよね。 それはもうただ自分なんかでもそうですけど、あのキャンプがなかったらここまでできたかなっていうやっぱりそれありますね。 うん。伊東キャンプって1 年だけなんですか?1 年だけ。1年だけ。 あ、1年だけなったんですか? その1 回がもうめちゃくちゃ有名になっちゃってねことなんだ。はい。 へえ。あ、なかなかね、やっぱり続けてやるっていうのはどうかな。だ毎年、ま、ミスたも多分これは毎年できねえだろうっていうそう思いはあったと思うね。 3年 やってもいいと思うけど。 そう、あのコ知時も大変ですよね。 ああ、ま、そっか、そっか。ま、そうやけど、今もね、秋野キャンプやってるけど はい。 なんかね、 そこまでできないもんね、やっぱりね。 はい。 選手、監督、そしてまたコーチとしても中島さんとは、え、さんの場合はこうお付き合いがあると思うんですがうん。 印象に残ってることっていうのはどうですかね? いや、やっぱり1 回目っていうのは、あの、まだ若かったっていうこともあって、やっぱすごいこう手取り、足取り、バッティングにしても守りにしてもついて それがものすごいやっぱり選手にとっては勇気っていうか力になるのよ。 あ、うん。高島さんに教えてもらってると。 そう、そう、そう、そう。見てんの楽しいだけだから、俺なんかもね。はい。 ხოさんをさ はい。 うん。 ずっと変わってないんですね。 変わってない。 変わってないのだから俺たち若い時にバッティングしててもガイア走ってんのガイ野走り走んの見ながらバッティングしてる感じだからね。 ああ、 中島さんが そうそう。 中島さん走ってる。何しあそこに打ってやろうとそういうのをしながら、ま、僕 [拍手] 1番印象っていうのは1 番最初にそういう意味では 2 年目の一行った時に若田やっぱり早めに行って打つじゃないですか。 もうその時野練習走ってる時にいきなりあのピッチャーバッティングピッチャー うん。 しに来たのよ。 ですか?え、 それはびっくりしてね。うん。やっぱり見たことないかもしれないです。 やっぱ走りながら見てるんですよ。 ああ。 うん。 うん。変われつって最初 239ポポポって投げて おいよっつって入ってで初どういうボールかわかんないじゃん。 さんがどんなボールを投げるのか。はい。 パンと見逃したらど真ん中なのよ。 はい。 ただ何にも次言わずにさ、思ってさ、俺の頭目がて投げてきた。な んで長さん、そんなことされるんです? 何してんだっていう。そういう思いだと思うんです。 なるほど。 そう、そう、そう。無言。無言でだ。それが怖くて はい。 球が投げてる時に今度来て で、自分の癖 どうしてもあの、右越しがこうスイングするこう上がっちゃうっていう。 はい。 もそういうちょっと癖があったんで、これ上がるんだよと。これはな地面になむるようにな、グっと下に抑えるんだよっていうような、そういうこと言われて。 へえ。うん。 そう。で、その時言われたの、お前なんでここ投げたか分かるかつって。 はい。はい。 お前ま、レギュラーじゃないんだ。出るとしたら台打 はい。はい。1 球目からね、見てそんな言ねえだろ。だからもうしっかり準備して 1 球目からスイングしていかなきゃダメなんです。 へえ。 そう。 ま、そう言われたらそうそうね。やっぱりね、だからついにどんなボールでもっていう形、それになったのは その次の年の春のキャンプの時に、ま、まだその時レギュラーじゃないし はい。 ただコ羅県で戻ってくるちょっと前にこのあのど、あ、コラ県でやるオープン戦はお前先発使うから はい。 家族呼んどけと。 うん。 調子からお父さんお母さん兄貴と呼んどけすって。 試合い試合始まって1組見逃しの三振だよ ね。 はい。 これもう本当に俺でもやっちゃいけないこと。 もうそん時もね、あんまり言わずに無言でもしの穴入って試合終わるまで打っとけつって [笑い] ライトのね、あのピッチング はい。はい。はい。 バッティングも1 箇所だけあってしさ、もうそこで打っとけつって結局試合終るまで 穴ぐ入って はい。 そううちのうちの家族は俺の三振したとこだ 1席だけしか あもう見えないですもんね。 見えないんですからその後は。 ああ。 ま、他のね、ま、試合が見れたが良かったと、やっぱり自分なりにもやっぱりそれがすごい自分の中であ々の経験 はい。やっぱ見逃しっていうのはやっぱり絶対、ま、それたまにしちゃうけど はい。 やめようと。 だ、それにはある程度やっぱりこうストライクゾーンのボールだけ打ってちゃうとやっぱりあのゴロだったはね、結構ボール打つなっていう小さい若い時からの教育バッティング練習でもボールは打つなとくだけ打てっていうそういう感じだったからね。 でもこのストライクゾーンの中で打ってたらやっぱり率も上がっていかないだろう。 うん。うん。 ピッチャーっつのはやっぱりなかなかこうストライクゾーンで勝負してくるっつうのはね、そんなにいないじゃない。もうピッチャーバッテリーとしてはやっぱりストライクからボールになるがちょっとボール気味とは それを打っちゃえばいいだろうっていう思いになったんだよ。 なるほど。 うん。 だからストライクゾーンを自分の中で広げて うん。 うん。で、バッティング練習の時からも同じようにキャッチャーに言って、ま、ちょっとボール組に放らしてくれつって。 うん。で、それをうちにとキャッチャーが今 1 個半くらい外れてます。あ、じゃここまで届くんだっていう。 うん。 そういう感覚をその練習の中でずっとやってて、だって真ん中には放ってこないじゃないですか。ピッチャーだって真ん中に放ろうとは思わないじゃない。それはもう 2とかしないもんね。 どうしてもね、あの、フォアボール与えちゃいけないってもう はい。真ん中目がけてってありますけどね。 あるけど バッターとしても真ん中は絶対狙わないんで。 うん。うん。 真ん中のピッチングシってもね、もう絶対両サイドのね、高さとか低さとかそういうのでしょ。 だから真ん中来ると一番困っちゃうのよ。 逆に 逆に。 あれ、 あれなんか落ち屋さんもそうじゃないか工藤さんが はい。 真ん中掘ってこいと。 そう。どうやったらおっちさん抑えれるんですかって言ったら真ん中掘ってこいて言ったね。確かね。 バッターって意外とそうなんだよね。やっぱそこ狙ってないから。 うん。はい。 お、来たと思っちゃうのよ。 真ん中ってうちんすか?見逃すんすか? うちんじゃない? うち方が多いですか? 多いじゃない? やっぱり力入っちゃうんだ逆にね。 面白いよ、それ。 ちょっと誰かやってくれへんかな。 真ん中の目けて投げてくれへんかな。 でも中島さんがし野さんにこう厳しかったっていうのはそのドラフトの時からのやっぱり長嶋さんが責任を持って取ってていうところでのあえての愛の鞭知じゃないですけど、そういう部分が今すごい伝わってきましたよ。 はい。 だから余計にね、やっぱり味をかしていけないっていう思いがだんだんだんだん強くなってくんのよ。うん。あ、 うん。 それが松井さんと同じ気持ちです。松井さんの はい。 うん。 松井さんの前にし野さんと中島さんの物語もあったっていうのね。是非とも皆さんにね。 うん。ちょっと 知ってもらいたい。 作ろうよ。 何? ニキレさん作ろう。 Vにして なんか作ろうよ。 さんばっかりやらずにさん前にはリっていうはい。いいですね。 はい。 さあ、今長嶋さんのお話も伺ったんですが、当時はもう本当に個性的なレジェンドの皆さんがいらっしゃったと思うんで、 江川さんなんかもあれですよね。高校時代に戦があるんですよね。 はい。あります。あります。 はい。 いや、驚いたね。 すごかったですか? で、調子商業243振ですよ。 ええ、243ですか。 あの調子商業が 2 すご。 今年は腹をセカンドで使うって出たね。 おしさんの人はおってことですよね。 うん。俺も絶対腹には負けないと。 はい。 [音楽]
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