かつて大谷翔平よりも“天才”と呼ばれた同世代がいた。大谷に「負けた」と言わせた少年。大谷が落選した楽天ジュニアのエース……。天才たちは、30歳になってどうなったのか? 書籍『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』が発売され、話題になっている。
その書籍のなかから“超無名中学生の逆転人生”を紹介する。中学時代はチームで唯一補欠で、将来の夢は公務員……一昨年現役を退いた岡野祐一郎(元中日)の物語である。【全4回の第4回/第1回~第3回も公開中】
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<中学時代は超無名で補欠だった。しかし聖光学院でエースになり甲子園出場も果たした岡野祐一郎。高校日本代表では大谷翔平とチームメイトになり、青山学院大時代には「プロ野球選手」が現実的な目標になった。>
大学卒業後も岡野はプロ野球選手になるという目標達成期を後ろ倒しにしたものの、歩みだけは止めなかった。
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ただし、できる限り最短ルートで目的地に到達したかった。そのせいで企業チームを選ぶ際、岡野は大学時代の恩師と衝突している。
岡野のもとには五社ほどから誘いがあった。
「どこがいいか考えてこいって言われたので、後日、『東芝がいいです』って言いに行ったんです。そうしたら、違うところに行けって言われて」
恩師が推すチームには絶対的なエースがいて、しかも自分とタイプが似ていた。そこだと自分を生かし切れないと考えた岡野は、恩師に「俺に歯向かうのか?」と凄まれながらも自分の意志を貫いた。
「出番がなかったら、プロに行けないですから」
「自殺の心配も…」ドラフト指名漏れ
大学経由で社会人野球に進んだ選手は2年目からドラフト会議で指名を受けることができる。その社会人2年目、東芝でも目論見通りエースとして活躍していた岡野は、ある球団から4位までには指名すると告げられていた。担当スカウトは青山学院大の先輩でもあったため、岡野はすっかり信じ切っていた。しかし、最後まで岡野の名前が呼ばれることはなかった。
聖光学院の監督、斎藤が思い出す。
「ドラフト会議が終わって、すぐに電話をくれてな。『指名されませんでした。すいません』つって。なんでいちばん悲しい思いをしているおまえが俺に謝罪しなきゃいけねーんだって言ったよ。来年がんばれって励ますしかなかったけど。そういう男だよ」
その日の夜は、岡野のことを心配した会社の同期が飲みに連れ出してくれた。岡野は恥ずかしそうに思い出す。

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