広島の堂林翔太はテレビ画面から目をそらすことはできなかった。いつもの見慣れた笑顔が泣いていた。1学年下の磯村喜孝は、堂林のことを問われた瞬間、目を真っ赤にして語りだした。

「ずっと一緒に野球をやらせてもらって、絶対に越えられない野球技術、人間性もそう。常に近くで素晴らしい存在が堂林さんで、一緒に野球をやって来られて、たくさん面倒も見てもらいましたし、本当にうれしく思います」

 堂林が13歳のときに初めて出会ってから約20年、同じチームでプレーしてきた後輩が広島から戦力外通告を受けた。中学時代も、高校時代も見送られる立場だったが、とうとう自分が見送る立場となった。

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「今年はともに覚悟していたところがあった。イソからは通告を受けたら辞めるとは聞いていましたけど、まさかあいつが泣くとは思わなかった。何を相談するにも、まずイソにしていた。あいつがどう思っているか分からないですけど、初めて会ったときから常にいい距離感でいられたと思います」

 弟のようであり、頼もしい仲間でもあり、良き理解者。そして戦友だった。中京大中京高では、バッテリーとして全国の頂点に立った。プロでもともにリーグ優勝の美酒に酔いしれた。シーズンオフになると毎年一緒に酒を酌み交わす関係が今でも続いている。

去りゆく戦友たち

 わずか1カ月で夏から冬へと変わった今年の気候のように、堂林の周囲は大きく変わった。磯村だけでなく、早出守備のときのキャッチボール相手でアドバイスをくれた田中広輔、理解者のひとりだった上本崇司もまた、戦力外通告を受けた。

 堂林自身、来年もユニホームを着られることが当たり前だとは思っていない。常に覚悟を持ってシーズンに臨んできた。ただ、身近な選手の後ろ姿にこれまでとは温度が違う危機感を抱いているのも事実。これまでは覚悟を持って臨んでいた“つもり”だったのかもしれない。

「こんな成績でも残してもらえたので、もう1回もがこうと思う。もう後がないのは分かっています。来年ダメだったら終わり。結果を残せなかったら終わり」

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