「サブロー、オマエがマリーンズを引っ張らないといけないぞ」

 20年以上前に掛けられた言葉と共に、サブローは一軍監督としてグラウンドに立っている。それは「プロ野球界のパパ」と自身が慕った故・山本功児氏からの言葉だ。

 1999年から2003年までマリーンズの監督を務め、2016年4月に64歳で亡くなった。二軍監督時代から目をかけてくれた。1999年に一軍監督に就任をすると、期待をかけ、積極的に一軍の試合に起用してくれた。そして「チームを引っ張れ」と、よくハッパをかけられた。

「この世界のパパみたいな人」

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 まだ20代前半で、自慢できるほどの実績を兼ね備えていなかった当時のサブローには、重い言葉ではあった。毎日のように言われ続けていたから、その言葉は今でもハッキリと覚えている。ユニホームを着ている時は厳しく、それ以外の時は優しかった。だから自身の二軍監督就任が決まった22年11月、背番号は山本氏が着けていた「86」番を迷わず選んだ。その情熱を継ぐ決意表明だった。そして25年10月に一軍監督に昇格。背番号はもちろん「86」を継続した。

「オレにとってこの世界のパパみたいな人。オレを使ってくれて見出してくれた人。よく怒られたけどなあ。たくさん怒られた」

 サブロー監督は遠い昔を懐かしそうに思い返す。そして「若い時はチームを引っ張れと言われてもあの時のオレには、どうすればいいか分からなかったけどなあ」と笑った。

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