かつて大谷翔平よりも“天才”と呼ばれた同世代がいた。大谷に「負けた」と言わせた少年。大谷が落選した楽天ジュニアのエース……。天才たちは、30歳になってどうなったのか? 書籍『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』が発売された。
 その書籍のなかから“超無名中学生の逆転人生”を紹介する。中学時代はチームで唯一補欠で、将来の夢は公務員……一昨年現役を退いた岡野祐一郎(元中日)の物語である。【全2回の2回目/第1回も公開中】

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<中学時代はチームで補欠も、興味本位で聖光学院の体験会に参加した岡野祐一郎は、母からまさかの報告を受ける。「特待、決まったよ」。この“ウソ”が岡野の人生を大きく変えていく>

「私立なのでお金がかかる。でも、また3年間、補欠だったら親に迷惑をかけるだけになってしまうじゃないですか。体験会ではブルペンで投げたりもしたんです。そこで特待かどうか決まるんですよね。だから、特待に選ばれて期待されていると判断できるのなら、行くと親に言っていたんです」

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 聖光学院の監督、斎藤に体験会のときの岡野のプレーぶりを尋ねると「ぜんぜん覚えてないんだよね」と素っ気ない答えが返ってきた。

 ただ、こんなやりとりがあったことだけは記憶していた。

「俺に『特待で入れますか?』って言ったの、覚えてる。そんなやつ、初めてだったから。普通、言えないよ。中学時代は三、四番手で、実績も何もない。そんなこと言えるようなボールを投げているわけでもない。だから、こっちは(特待の)枠も限られてっから、それを前提に話をすることはできないよ、と言ったんです」

 岡野本人は斎藤にそう問うたことは失念していたが「その思いが強かったことは今も覚えている」と話す。

 その思いの強さが、疑念を抱くという機能を麻痺させていたのかもしれない。

 母親からもたらされた「吉報」は岡野のハートに火を付けた。その日から約半年間、毎日5キロのランニングと腕立て伏せと腹筋を自らに課した。

「高校では絶対、補欠になりたくなかったので、とにかく決めたことをやり抜こうと思ったんです。正月も休まずにやりました。次の日、何か用事があるときとかは前日、夜12時過ぎてから走って、それを翌日分にカウントしたりもしていました。少なくともそのときはまだ特待だと信じていたんで」

「誰? コイツ?」関係者の衝撃

 中学3年の秋から冬にかけてのがんばりが上積みされた岡野は、高校に入学すると早々に頭角を現した。

 毎年、三学年そろうと100人以上の大所帯になる聖光は、大雑把にAチームとBチームに分かれている。わかりやすく言えば、一軍と二軍だ。1年生は原則、Bチームからスタートする。

 強豪校になるとだいたいが似たようなシステムを採用している。そして、Aチーム同士、Bチーム同士でそれぞれ練習試合を組む。後者のことは特にB戦と呼んだ。

 Bチームの監督を務めていた部長の横山博英が岡野の衝撃を振り返る。

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