「日本でビックリしたのは野球のレベルの高さだよ」巨人をわずか2年でクビになった助っ人外国人キース・カムストック。“魔球”スクリューボールを多投した左ピッチャー。なぜ、その後5シーズンもメジャーリーグで活躍できたのか? 【全3回の3回目/第1回、第2回も公開中】
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いきなり…《カムストックを解雇する方針》報道
1985年の巨人の新外国人投手として8勝8敗の成績を残したキース・カムストックだが、彼の応援歌も作られた。
カムストック カムストック
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スクリューボール見せろよ
カムストック カムストック
星の国のマジシャン
この応援歌だが、あいにく1986年のシーズンでは聴く機会がほとんどなかった。
年が明けると、巨人球団はフィラデルフィア・フィリーズに所属するデーブ・スチュアート投手の獲得が内定したことを発表した。82年にはロサンゼルス・ドジャースで9勝をあげ、83年のシーズン途中にテキサス・レンジャーズに移籍し合計10勝8セーブ。84年には先発ローテーションに入り7勝をマークした、正真正銘の現役のメジャーリーガーである。
しかし、これによってカムストックの存在は微妙なものとなる。今でこそ、日本プロ野球における外国人選手の一軍登録規定は、投手、野手合わせて5人までとなっているが、1986年当時は一軍登録は2人までと決まっていた。つまり、現役メジャーリーガーであるスチュアートの入団が決まったら、巨人の外国人選手はクロマティ、カムストック、スチュアートの3人となり、カムストックが二軍落ちする可能性が高まる。しかし、誇り高き外国人選手がそんな待遇を呑むとも思えず、事実『日刊スポーツ』(1986年2月6日付)は《カムストックを解雇する方針》と書いた。
異例の二軍スタート
すると、思いもよらぬことが発覚した。入団がほぼ決まっていたスチュアートが、この前年、ロスのダウンタウンで女装した男性に車中で性的サービスを受けていたところを、警察官に見つかり逮捕。罰金150ドルと、禁固45日執行猶予1年の略式保護観察処分が言い渡されていたのである。「巨人軍は紳士たれ」をモットーにしている球団フロントは仰天したに違いなく、スチュアートの入団は即刻取り消された。

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