
巨人時代の中田翔
Photo By スポニチ
15日に現役引退を発表した中日・中田翔内野手(36)の巨人時代を取材した。大阪桐蔭1年夏の甲子園での衝撃デビューをテレビで見て、小学生ながら衝撃を覚えた記者にとって「超」が付く程のスーパースター。もの凄く緊張をしながら、名刺を持っていったことを覚えている。
取材を重ねる中で、これほどまでに見た目や身にまとうオーラとのギャップを持つ人はいないと感じた。「時間ないねん!1問だけな」と言いながら気づけば10分以上話していることがあるなど、時間の許す限り取材に応じる姿勢や、サービス精神旺盛なぶっちゃけトークなど。2軍調整中のジャイアンツ球場では、当時、若手選手が売店の手羽先を好んで食べていると知ると、そこにいた報道陣の分まで購入し、配ってくれたこともあった。誰にでも壁をつくらず、自らをさらけ出してくれる。後輩から慕われる理由はすぐに理解できた。
記者にとって特に印象に残っているのは23年11月18日。巨人退団が発表された中田がジャイアンツ球場に荷物整理に訪れた時の取材だった。前年オフに結んだ3年契約を破棄した選択。発表される前から「FA行使」など情報が錯綜(さくそう)していた。正式に退団が発表されて初めて肉声が聞けるチャンス。急いで駆け寄ると「話すこと何てないわ!好き勝手あることないこと書きよって」と最初は言った。だが、固まる姿に笑いながら「ほんで何?」と足を止めてくれた。その場には、自分を含め若手記者3人のみだったが、いつも通り包み隠さず話してくれた。当時のボイスメモは46分24秒。後から見て驚く程の長時間対応だった。
「本当に感謝しかない。巨人が凄く大好きだった」と球団に感謝しながらも「試合に出たい。打席に立ちたい」という決断理由を明かした。オプトアウトという選択に「普通は残るよね…。お金いらないと言ったら嘘になるけど、残ってのほほんとしとけば、契約はあるし、その後の人生のためになるかもしれないけど。だけど、もう一回活躍したい。その気持ちがなかったら、今にでも辞めるべき」。野球選手として、中田翔としてのプライドが聞けた。
「一年でも長くというつもりはない。辞めるまでは自分の体がつぶれてもいいぐらいでやりたい。あと2、3年でガタが来たら辞めるかもしれないし」と話していた通り、引退決断の理由は「思い通りに体が動かない」。悔しさも口にしていたが、最後まで一貫していることがらしいなと感じたと同時に、短い期間でも取材できたことは貴重な時間だったと改めて思った。(記者コラム・小野寺 大)
続きを表示

NPBHUB.COM | The Fanbase of Nippon Baseball & Nippon Professional Baseball