骨をうずめるつもりだった球団から放出。後に出戻りトレード……意外な野球人生を送ったスラッガー、多村仁志にとって、移籍はどんな影響をもたらしたのだろうか。本人の言葉でプロ生活と「トレード」をいま振り返る。ソフトバンクで日本一にも貢献した多村だが、次第に球団での立ち位置が変化してきていた。〈NumberWebインタビュー全3回の3回目/はじめから読む〉

 日本一を達成した翌2012年シーズン、多村はコンディションが悪くないにもかかわらずレギュラーを外されることが多くなってきた。

「常時試合に出るというよりも、サポートというか、年齢的(35歳)にもそういう時期に差し掛かってきていたと思います。もちろん最後までホークスという気持ちはあったのですが、頭の片隅に、このホークスの経験をどこか違うところで試してみたいという気持ちがありました」

 そんな思いを抱いていた2012年のオフ、吉村裕基、江尻慎太郎、山本省吾とのトレードで神内靖、吉川輝昭とともに、古巣のベイスターズへ移籍することが決まった。多村からしてみれば、まさに渡りに船という感じだった。7年ぶりとなる横浜への復帰。ベイスターズは2011年から親会社がディー・エヌ・エーとなり、『横浜DeNAベイスターズ』としてリスタートを切っていた。

 中畑清監督が率いる新体制のもと、固まり切らないチームの状況に加え、運営面でも手探り状態だったDeNAにあって、ソフトバンクで豊富な経験を培った多村は、戦力としてはもちろん知見を得るのに最も適した人材だった。

「トレードの話をいただいたときは嬉しかったですね。ホークスからは残留をする選択肢もあると言われていたのですが、常勝軍団に身を置き学んだ野球をベイスターズに伝えたいという思いだけで復帰を決めたんです」

 自分にとって新たな使命。再びのトレードで自分を育ててくれたベイスターズに恩返しするときがやってきたというわけだ。

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