2025年7月22日11時1分
<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>
この夏、「喫茶ドアラ」ができるという。8月6日からジェイアール名古屋タカシマヤで開催される「開店25周年記念 中日ドラゴンズ激闘の軌跡展」の会場にオープンする。
ドアラ(2025年撮影)
「喫茶ドアラ」は昔、昔のナゴヤ球場にもあった。人気マスコットのドアラが誕生したのは1994年。だが、その6年前の88年には当時の1軍本拠地に同名の喫茶店があった。この年に最寄り駅から内野入り口へつながるオープンデッキができ、その時に作られたそうだ。日刊スポーツが当時出版した「プロ野球図鑑」のナゴヤ球場案内イラストにもしっかりと書き込まれている。当時を知る石黒哲男ドラゴンズアカデミー事務局長(57)は「ありました。1軍マネジャーなど関係者の方もよく姿を見ましたね」。店にはコアラの絵が描かれていたという。
日刊スポーツ新聞社が発行した88年度「プロ野球図鑑」
名古屋市の「東山動物園」に初めてコアラが来たのが1984年秋。その後、球団では青いコアラがボールを持ったぬいぐるみのことを「ドアラ人形」と呼んでいた。87年に近藤真一投手が巨人相手にデビュー戦でノーヒットノーランを達成し、試合後、高々と持ち上げているあのぬいぐるみだ。石黒さんは「星野仙一監督のもとオーストラリアでキャンプし、グラウンドコートにもコアラのマークが入っていた」と話す。
「ドアラ人形」
名古屋のコアラ愛の下地もあり1994年の開幕戦からマスコットのドアラが誕生。当時はピンク色の顔でずんぐり体形でデビューした。97年からナゴヤドーム(現バンテリンドーム)に移転するタイミングで新マスコットのシャオロンが誕生するため、わずか3年で戦力外となるところだったが、石黒さんが「かわいそう。どうなるの?というファンの声もあったので」と説明するように人気があり残留となった。
広い球場に似合うマスコットとして「アスリート寄りにしようと。それで体を鍛えて。スリムにし過ぎましたけどね」と、イメチェンする際に顔も白くなった。
初期モデルのドアラ(1995年撮影)
記者も先日、東山動物園に初めて行き、コアラを見た。突然、動きが止まる“静止芸”は、ドアラのそれと重なる。マスコット「ドアラ」が誕生するその前から「ドアラ」という名前はドラゴンズの中で親しまれてきた。今や不動の人気を誇るマスコットにも歴史はある。来季球団創立90周年となる球団の歴史をもっと調べて勉強していきたい。【中日担当 石橋隆雄】
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