13年11月、阪神との入団交渉を終え、田中秀太スカウト(左)から帽子をかぶせられる鹿児島実・横田慎太郎
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 23年7月に脳腫瘍で亡くなった元阪神・横田慎太郎さん(享年28)の三回忌を迎えた18日、入団時の担当スカウトである阪神・田中秀太内野守備走塁コーチ(48)が愛弟子への思いを明かした。(取材・構成 遠藤 礼)

 甲子園での試合前、スタメン発表が終わった後にバックスクリーンのメインビジョンに流れる特別映像には横田さんが引退試合で見せたバックホームのシーンが映り込む。田中コーチにとっては、秘蔵っ子との“再会”の時間。背番号24に思いをはせている。

 「(コーチの)仕事があるから毎日見るわけじゃないけど、ふとした時にその映像が目に入ったりね。“横田頼むよ”ってね」

 今でもよみがえる23年7月18日の記憶。神様は、あと数時間の時を待ってくれなかった。「午前9時に会いに行く予定をしていて、その日の朝だったからね…」。田中コーチが神戸の療養施設で面会を予定していた日の早朝、横田さんは静かに息を引き取った。最後に言えなかった「ありがとう」を命日にかみしめる。

 鹿児島実から13年のドラフト2位で入団した横田さんを九州担当のスカウトとして密着していたのが田中コーチだ。「彼は練習するし、野球に一生懸命。足も速くて球を飛ばす力もある。身体能力が高くて、とにかくスケールが大きい。凄い選手になる可能性がある」と、夢を託したくなる高校生だった。

 病魔との闘いもあり、1軍では結果を残せなかったが、横田さんが遺したモノがあるという。「野球ができるのは当たり前じゃない。横田の姿勢は若い子にも見習わせたいぐらい。それは、僕が横田に教わったことかな」。田中コーチの心の中で今も、あの日の輝きは色あせない。

 ≪梅野、Vの景色ともにもう一度≫
 阪神・梅野が13年ドラフト同期として、天国の横田慎太郎さんに吉報を届けることを誓った。「ヨコが亡くなった23年に優勝をして、今年もそういうチャンスがある。また同じ景色を見てもらうために戦っていきたい」。病魔と闘いながら野球に取り組んだ後輩の在りし日の姿を思い出し「野球ができる喜びや自分の心を奮起させてくれる。今日はそういう日というのはわかっている」と静かに闘志を燃やした。

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