骨をうずめるつもりだった球団から放出。後に出戻りトレード……意外な野球人生を送ったスラッガー、多村仁志にとって、移籍はどんな影響をもたらしたのだろうか。本人の言葉でプロ生活と「トレード」をいま振り返る。トレードを通告された日、携帯電話に見知らぬ番号からの着信が。〈NumberWebインタビュー全3回の2回目/つづきを読む〉
心身ともに疲弊した多村は、入浴を終えると携帯電話に着信があったことに気がついた。履歴を見ても知らぬ番号だった。誰なのかと訝しく思ったが、留守番電話に収められていた声を聞いて一気に背筋が伸びた。
「王だけど……」
声の主は、新天地となる福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督だった。
王監督との電話
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速攻で、多村は電話を折り返し、詫びを伝えると王監督は次のように言った。
「まあこれも“縁”だから、その縁を大事にして、福岡で君が力を出しやすい環境をすべて揃えて待っています」
その瞬間、多村のなかで変化があった。
「王監督の言葉を聞いたとき、一瞬にしてスイッチが入ったんですよ。“縁”という言葉を頂いて、それまでの僕の野球人生は紆余曲折ありましたけど、縁によって歩むことができていました。だから王監督のその言葉で、完全に気持ちを切り替えることができたんです」
さて、このソフトバンクの多村獲得は、王監督のたっての希望だと言われている。2004年のキャリアハイもそうだが、2005年に始まったセ・パ交流戦でベイスターズがソフトバンクと対戦したとき、多村はエースの斉藤和巳らから2本のホームランを放つなど交流戦本塁打王に輝き、王監督にスラッガーとしてビッグインパクトを与えている。
だからこそ、本人が控えではないかと思っていた2006年のWBCで、王監督は好印象を持っていた多村をレギュラーに抜擢したと考えてもおかしくはない。王監督との“縁”が、多村の新しい野球人生の扉を開くことになる。
ホークスでのカルチャーショック
新天地である強豪ソフトバンクでの日々は、知れば知るほどカルチャーショックの連続だった。

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