【最強打線とJFK】脅威の259本塁打!2004年の巨人史上最強打線に足りなかった所とは?/試合が6回で決まってしまう「JFK」の恐ろしさ/鳥谷敬の守備は上手くなかった!?【巨人×阪神対談④】
すごいね、これ。 こうなると1番から8 番まで。あとこれ最強すぎるな。 いっぱい4番はいましたけど。そうか。 でも4番センターで松井が1 試合必ずオーダーにいるって。 ただそれっていうのは特別な選手なので祭りがいないチームっていうのは当然ですけどイメージが分かないですから。 あ、2005年はやっぱりJFK やからどうやったの?JFKっても6 回までである程度決まってしまう以点にね最んだ。 ああ、でもこの年最初行ったの阪神ですよね。タイガスですよね。 200最初って言ったんですよね。 で、怪我人属室。 ああ、 562 一気にで僕自身も怪我して。あ、そうや。覚えてるわ。これ このシーズンだって最初開幕戦ジャイアンツが やられたんですよね。 そう。上原君が開幕投手でで 1 ラ目ホームランとでアリアスがホームラン打って井川君が関東でで開幕 7連勝して で5 月ぐらいまで調子良かったで新聞の打率立何 30ケぐらいかなといたら 日山清水って並んで覚えてるや あそうですか3割5 分ぐらいでお清水も来とるやんけこうやって新聞見てたもん良かったもうずっと調子良くて 春先でも強かったですよね。 で、そこからヤ野さんが最初怪我して、で 、赤押も怪我して、ヤブさんが途中で投げ て脇腹痛めて、で、満塁になって吉野と いうピッチャーが来てで、安倍慎之助が 宇宙に大壁打って俺追いかけてフェンスに 直ダーン 取ったけどフェンスにぶつかってポロ 落として総者一層で で俺鎖骨 どれぐらい勝ったですか? 結局1ヶ月ぐらい はまああ。 で、その翌年にフェンス柔らかくしてく。こ ああ、そうです。 その年やだから。最 ああ、そうです。そうです。そうです。そうです。 そう、そう、そう。で、結局自分はもう 2割キューブ5 輪ぐらいで結局行ったんですか? 規定は行った。は行ったけど、最後の試合で後最終戦で 4本打てば3割って言われて ああ、まあまあ、それ、それ厳しいですね。 で、 1決目ダメでで、山どうするって言われて若手ま、出したかっただろうけども、最後の試合なんで出さしてくださいって言うて 4タコ ああ、まあまあそれはでも みたいなそんな感じで終わった。で、その年に 松井秀君が はい。 ヤンギス そうですね。 その年が最たか。この年か。ちょうどあれ彼がホームラン 50本、50 本打ったシーズンです。そうです。 そうやね。50 本打って日本一になって FAも持ってたので ああ。 ま、どうなるどうなるっていう時期ではあったんですけど、ごく一部の人にしか言ってなかったんじゃないですかね。 ああ、 結構僕らあの報道で知ったパターンでしたよ。ニコなんから確か当時流れたと思うんですけどあれで知った選手がほとんどだったんじゃないかなと思いますね。 FA でジャイアンツに残るだろうみたいな雰囲気だったの。 いや、それもわかんなかった。どうどうすんだろうなっていう。 ああ、 結構本にも色々考えてると思いますし、だから周りからもあんまりそんな聞かないし、そういうことてもう、あ、メジャー行く、ヤンキス行くそれが耳に入った時はちょっと衝撃的やった。おわ、行くんだみたいなびっくりですよ。あ、ま、行くか、行くかもしれないなっていうのはありましたけど、ま、実際いざそうなってみるとびっくりですしうん。 それまでだって祭りがいないチームっていうのは当然ですけどイメージがわかないですから、あの、入ってきた時からずっと試合に休まず出続けて結果をも出してきてる選手ですから。はい。 その選手が同じチームからいなくなるっていうのはもう想像もできなかったです。 でもその時はもうだから中堅選手になってるから はい。はい。 これ余番いなくなるよ。来年からジャイアンツどうなるんだよね。 でもそこはでもいっぱい余番はいましたけど。そうか。 でも特別なやっぱり 存在やったから 選手なのでどんだけ天差いても 絶対変わらなかったです。なかったね。 で、怪我も絶対しないじゃないですか。 だからあれって僕ら当時当たり前なんだなって頭にはなってしまってたんですよね。試合始まったら 4番センターで松井が1 試合必ずオーダーにいるっていう。ただそれっていうのはすごい実は特別なことでその後打線組むのはちょっと大変だったんじゃないかなと [音楽] 思いますよね。 当たり前にいた人間がいなくなってしまったんで。 そう。え、その次の年からじゃあ、え、 4番が誰になるね。 清原さんが打たれてたと思いますね。 ああ、そうか。 はい。怪我とかそういったことがあった時には誰かみたいな感じだった。基本的にはま原さんが行かれてたと思いますけどね。 そういうことはだって2004 年からが最強打線時代っていうのが出てくのか。 あ、だ、こん時はやったらもうあれですね。吉信があ、吉信が 4番ですけど。 でも ほんまやね。ちょっとこれ最強すぎるな。 全然やっぱり勝ち星には繋がんなかったのでやっぱりあ、でもすごいね、これ。こうなると 1番から8番まで やっぱ決め細かさとかそういったのが やっぱり必要ですよね。点を取るのって。 なるほど。なるね。 ちょっと状態が悪いピッチャーに対してはものすごく強かったかなと思うんですけど。は い。B ピッチャーからヒットホームラン続かないじゃないですか。ま、そうなるとフォアボール取ったりだとか スチールを絡めたりだとかしないと点に繋がってこないので。 そう。そうなるとね、やっぱり12 番でファーブル絡み12 番またらスチールとかやっぱり思うけど でもそこまででも走れる感じでもないですから でも345 がこのバッターが揃ったら走れへんよね。 ああ。あ、そうです。それもありますね。 うん。うん。走らなくてもやっぱりちょうど警戒でもうなんかしてるし、もうホームランってくれってなるもんね。 でもホームランってでもなかなか出ないですからね。数字見るともちろんすごいんですけど。バランスな。 数字見るとね、すごい数字残ってるんですけど。 なるほどね。 なかなかホームランってそんな出ないので。あ、すごい打線んやけどな。これなんか数字もみんなだからやっぱり本当クローザーから点を取るとか先発のから点を取るっていうのは なるほど。 タイガーがやっぱり強い時ってそれなったと思うんですよね。 そう。やっぱり1 番に赤欲しいてとかやっぱがやっぱボール粘ってとかやっぱりんなあったから でカ本さんが繋ぐともされてたので そうそう だからそういったバランスじゃないとなかなかいいピッチャーを 2003 年優勝した時っていうのはもうまさしくそうやもんね。 この時もでも打線すごくバランス良かったかなと思うんですけどでもこの翌年ですかね、あの鳥谷君が 選手が入ってきたっていうね、どんな印象でした最初? 入ってきたまあなんかスーパールーキだって言われて入ってきてでも見たらま左バッターなんで甲子園ではホームランちょっときついなっていうのがあるのとあと守備は正直 うまくなかったよ。 へえ。 そう守備ハ狭いし結構先輩にも怒られたしはね。 でもやっぱほんまに彼の努力やろね。だ、やっぱそういうに言わり続けててで、自分はやっぱ実力で最初の方は出してもらってたわけじゃないとか実際は自分の実力取ったわけじゃないという多分自分でも自覚してたから やっぱ練習はめちゃくちゃしとったね。だそれがあの守備力を産んで ていうのがあったのかなっていう体が強かったですね。 そうそうそうそうそう。 それがあったからあれだけ出続けられたんでしょうし練習もできたんでしょうね。 そう。 悔しいっていう思いもずっとあったやろうから やっぱりやっぱり守備は演練習するとうまくなるね。 やっぱり当然ですけどどんどんどんどん全てにおいてレベルアップしていきましたもんね。打つ方もそうですしね。そう。 で、この頃ぐらいからま、 2004年谷が入っていて2005 年から交流戦 スタートして で、ま、タイガスは2年ぶりの優勝。 交流戦って戦はい。 あの時って長かったよね。 長かったですね。1 かけぐらいやったやだって 6試6試 試合なビジタホームビジタで 3試合ずつなんで でましてや5 月ぐらいから始まるから途中ま最初はセリーグから始まるんやけどよし始まったぞリーグ戦って思うけど途中でなんかどっちとリーグ戦ってんのかわからようになってきた で終わって戻ってみたらもう結構終盤の方行ってたりしますね。 だからやっぱりちょっと正直長かったなっていう、ま、工業的な部分もあったりとかしたかもしれんけど、 あ、でも、ま、手探りで始まったりしね。ちょ、ちょっとやってみてちょっと長いかなってなったんでしょうね。 で、え、ほんで坂本は 2007年かそこから で、2007がルキアですかね。 ああ、どんな感じだったの? 1年目から出てなかった?高卒で? いや、1年目は1 回だけ上がって台打でヒット打ったんじゃないですかね。 ああ。 なんか若い選手やのにインサイド打つのうまいなっていうのが うん。 あったんやけどね。 細かったですけどでも怪我をま、ほとんどしなかったんじゃないですか。ま、それは多少のあれはあるでしょうけど、 もうプレイできなくなってしまうような怪我はなかったですし、 あとなんかすごいやっぱり1 番僕思うのは悲想感を漂わしてプレイしてるところ見たことないなかったですね。 ああ、 あの、どのチャンスでもちょっとちょっと緊張してビったりするケースあるじゃないですか。 ま、本人もは緊張してもちろんしてるかもしれないんですけど、そういうのをあんまり感じない選手でしたね。そういうなんかこう、 おお、 前向きに立てるというか、それを感じる数少ない選手ですかね。え、 ま、ショートで怪我少ないで俺もすごいことやからね。 すごいですね。 うん。 あのポジションちょっと特別やからね。 で、あれであんだけ出続けて結果を残してっていうのはやっぱりちょっと特別。 あ、 ちょっとどころじゃない。だいぶ特別ですよね。はい。 思いますね。 やっぱいい選手はちょこちょこやっぱりジャイアンツ入ってきてんやね。ま、でもこの頃もうタイガースがもう完全に強くなってきてる時やもうに A クラス当たり前ぐらいの雰囲気やからね。 はい。はい。でもやっぱ特にピッチャーですよね。 うん。やっぱピッチャーが良くなったね。 ピッチャーが揃って、ま、も先発もそうですし後ろもですよね。 そうね。2005年はやっぱりJFK やから だっても6回までである程度 そう 決まってしまうみたいなところありましたもんね。 どうやったの?JFKって。 うん。いや、もう大変ですよ、やっぱり。 もう7回だから789でそれになるから。 はい。 ま、ジャイズからしたら6 回までにリードしとかなとみたいな。 ああ、もちろんそうですね。うん。 で、甲子園だとより点入りづらいじゃないですかね。 余計さらに難しかったですよね。やっぱり東京ドームはね、比較的長度打出やすいんですけど、甲子園ってもう本当ちゃんと打った時にしかそれが出ないので、あのピッチャーでも連ン打ってなかなか難しいですから。 ああ、で、中月人が休憩するのはもう井川が投げる時、もうみんな休むからねって言うてたから本人に本人もはい、分かりましたみたいな。 [音楽] また井川君もでも投げたらイニング投げますもんね。 そう、 それができた。できましたもんね。 これは2005年か。 で、え、清水はじゃあ2000 何年までやったの?200 年山さんより全然早くやめてもます。 2009年すね。 あ、最後西部ね。 はい。はい。1年お世になりました。 あ、1年か。 はい。 ああ。あ、平日さん、2013 年ってこれでおいくつの時ですか? 44。 44すか? しつこやらしてもらったわ。 いや、でもすごいっすね。44って 伸びましたよね。でも長く年齢変わってきましたよね。そうやっぱね。そう、そう、そう、そう。まあまあ、もうこの時はもうずっと代打やったからね。もうスタメンで出ることはなかったから。ま、一応スタメンで出ること前提で練習はずっと毎日やってたから、ま、それが良かったかもしれんけどね。 これでもやさんがそれまで 代打の神様って言われてたんですけどもさん 757 回で158回成功れてるんですよね。 あんまり数字の中で分かってへんねんけどね。 これってなんかスタメンの時とはちょっと違った準備の仕方をしたりだとか打席の感覚を変えたりだとかっていうのあったんですか? やっぱ全然ちゃうな。代打って大まそれもちろんね、経験してる。大タってリズムないやん。 [音楽] 急に流れの中に放り込まれますから。 放り込むから同じ野球しててもなんか全然違うよね。スタあのやっぱりレギュラーとね。 [音楽] そうですね。4 打席で考えられない難しさはありますよね。 そうで今まで4打席立ってたのに急に 1打席しかないってなるとやっぱ難しい そうですね。 リズムもないしで、ま、今まではライトのポジション守って、ま、で上ギングして帰ってきていう、それが当たり前やったのか、それがなくてベンチでずっとでそろそろかな思って準備して汗もいてやるけど助け入ったりすると体はできてるのにあれ全然なんかあんだけ動いたのにできてないみたいなゼメンタルの部分だったりですか? うん。うん。 が鈍いとかあれだけベンチ裏で振ってたのにとかつめるのがちょっと難しいというか自分の感覚をですよね。急に行ったりでまたそのタイミングがものすごい勝負に直結するようなタイミングだったりもしますもんね。 だからもうあのなのにリズムないのにリズムを求めてたから全然ダメやってだからある日なんか台だってあもうないんだと思ってからちょっと良くなった。 ああ、 もうそれを変な風に求めないようにするポジティブにもうないものはしょうがないで急に行けて言われてもはい、分かりましたって言えるように あ、そこでえってそこで差し込まれないようにですね。 そうもうなんかそういう風になってからなんか案外それを自分の中でなんか引き受けられるようになったっていうのがちょっとずつある うん。くなった。なんかこう受け受け入れたことが そう 良かったんですね。あれっていう言いながら行くんではなくてですね。 そうそうそうそう。 まあでもちょっとまだまだはい。 語っていたいと思うんですけど、ちょっと時間がね、なかなかないということなので、はい。え、ここまでということで以上、え、巨人伝統の 1 戦年燃票トークでした。ありがとうございました。
高橋由伸・阿部慎之助・タフィー・ローズ・小久保裕紀などを要する史上最強打線を振り返り!阪神では自由獲得枠で鳥谷敬が入団!名遊撃手の姿からは想像もつかない入団当初とは?そして清水隆行から見た坂本勇人…他の選手と異なる部分とは?
▼清水隆行×桧山進次郎の巨人×阪神 伝統の一戦対談(全4回)
清水隆行と桧山進次郎が在籍時の読売ジャイアンツ・阪神タイガースを年表で振り返り!長嶋茂雄監督や野村克也監督、星野仙一監督など名将との秘話や松井秀喜・新庄剛志などその時代を彩った名選手の凄さについて当時を振り返りながら語ります。
0:00 巨人阪神 伝統の一戦対談 第4弾!
0:26 阪神開幕戦7連勝!
2:20 松井秀喜のMLB移籍による影響
4:30 史上最強打線を振り返る
6:20 鳥谷敬は上手くない
7:34 交流戦が導入
8:11 坂本勇人が巨人入団
9:27 黄金のリリーフ陣 JFK
10:37 清水隆行・桧山進次郎引退
11:07 桧山 代打として変わった感覚
▼再生リスト
第1回: https://youtu.be/W5CoRCVkf3k
第2回: https://youtu.be/IG_Zya9M-VY
第3回:https://youtu.be/rJgGOTDjl3I
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