阪神のフロントとして野村克也、星野仙一、岡田彰布らのもとで働いた元編成部長、黒田正宏。24選手に非情クビ通告、電撃トレード、鳥谷敬獲得に向けた巨人との争奪戦……。あの事件の裏側を黒田本人がNumberWebのロングインタビューで明かした。【全6回の6回目/第1回から読む】

 中村紀洋の阪神移籍が消滅した。黒田はどう感じたのか。

「僕らは、ホッとした面もあったな。高かったからなあ。中村紀の年俸を考えてみいな」

 2002年は推定5億円であり、FA交渉では当然上積みされる。7億、8億まで行ったのか。

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「そこまでじゃないけど、(やや低めでも)5年契約したらえらいこっちゃ。オーナーも最初は金庫を開けてくれたけどね。星野さんも『ウソ!?』と驚いてましたよ。でも、年末には閉めていた(笑)。ノリはきっちり礼を尽くす人間だから、メッツ入りの速報が流れた後、24時頃に『迷惑かけてすみません。近鉄に残ります』と電話かかってきましたよ」

 思いもよらぬ展開で、中村紀洋争奪戦は阪神、巨人ともに白星がつかなかった。

鳥谷敬の争奪戦…巨人有利だった

 莫大な資金を背景に補強を進める巨人に、阪神が勝った例もある。03年、ドラフト自由枠で鳥谷敬の争奪戦が繰り広げられた。当初、8球団が獲得に名乗りを上げたが、夏に阪神、巨人、横浜、西武の4球団に絞られた。鳥谷は東京出身で埼玉の聖望学園高から早稲田大学に進学。条件の1つに「人気球団」も挙げており、在京の巨人が圧倒的に有利と考えられていた。

 阪神の内野守備走塁コーチを務めていた岡田彰布はのちに、著書でこう綴っている。

〈鳥谷を巡っては、巨人との一騎打ちだった。巨人も攻勢を仕掛けていたようで、原辰徳監督とも会っていたと鳥谷自身が言っていた〉(14年3月発行/書籍『そら、そうよ』)

 一軍監督はスカウト登録をしているため、接触しても問題はない。この時、コーチでは珍しくスカウト登録をしていた岡田も、大学の後輩である鳥谷と会合を重ねていたという。黒田が振り返る。

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