阪神のフロントとして野村克也、星野仙一、岡田彰布らのもとで働いた元編成部長、黒田正宏。24選手に非情クビ通告、電撃トレード、鳥谷敬獲得に向けた巨人との争奪戦……。あの事件の裏側を黒田本人がNumberWebのロングインタビューで明かした。【全6回の1回目/第2回へつづく】
取材開始の20分ほど前、指定されたホテルのラウンジに赴くと、黒田はすでに到着していた。記者と挨拶を交わしたのち、彼は近くに座るベテラン芸人を発見した。
「ショージさん、お久しぶりです。よく一緒にゴルフさせてもらった黒田です」
男は柔和な表情を見せながら、7歳年下の村上ショージに丁重に頭を下げた。
阪神の重鎮・黒田正宏とは何者か
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黒田正宏――。阪神のフロントとして野村克也、星野仙一、岡田彰布、真弓明信という監督のもとで働き、チームを暗黒期から解き放った“知られざる重鎮”である。星野は2002年オフの「大量解雇」「大量補強」について、著書でこう語っている。
〈星野は人斬りと人集めとが巧いと、なんでもかんでも監督が前面に立ってやっているように思われたりするのだが実際にはそうではなくて、補強のための獲得交渉などに並行してこうした解雇通告などの仕事はすべて黒田がやってくれたのである〉(03年10月発行/書籍『夢 命を懸けたV達成への647日』)
あの闘将も認める黒田とは一体、どんな人物なのか。
球史に名を残す「2人の策士」抜きに、彼は語れない。姫路南高校、法政大学で全日本にも選ばれた黒田は1970年春、本田技研鈴鹿に入社。その秋、ドラフト6位で南海に指名される。同じポジションに、野村克也選手兼任監督がいた。
「そりゃ行きたくないわね。だって、野村さんが4番でキャッチャーでしょう。入っても出番がない。入社してまだ1年も経ってなかったし、会社が『将来は野球部で指導者に』と約束してくれたしね」
野村克也に入団を説得された
入団を渋る黒田の心を動かしたのは、野村の一言だった。法政大学の先輩で、南海黄金時代の名投手・柚木進スカウトに懇願され、大阪・心斎橋のステーキ店で兼任監督と初対面した。

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