2003年に自由獲得枠で巨人に入団し1年目で新人王を獲得した木佐貫洋さん。巨人でのプロ6年目、阪神・金本知憲外野手(当時)への危険球退場は、今も忘れられない出来事だ。思い出深い「鉄人」からの言葉と、“イップス”との闘い……当時を振り返ってもらった。〈全4回の第2回/つづきを読む〉

 2008年5月7日。木佐貫さんは先発した阪神戦で金本の頭部に死球を当て、危険球退場処分を受けた。外角を狙った速球が引っ掛かり、後頭部を直撃。倒れ込んだ金本の周りにトレーナーと首脳陣が集まり、場内は騒然とした空気に包まれた。

 金本は前日まで連続試合フルイニング出場を「1218」まで伸ばし、おまけに通算400本塁打にあと「2」に迫っていた。このまま途中交代すれば記録は途絶えてしまう。阪神ファンから怒号が降り注ぐなか、木佐貫さんは退場を告げられベンチに戻った。

「まさに、茫然でした。何も考えられないままベンチに座っていたら原(辰徳)監督がすっと近づいてきて『退場処分なんだからここに座っていちゃいけないよ。それにたぶん今、レフトのカメラにその表情がアップで抜かれているから、ベンチ裏に行きなさい』と。そう言われるくらい、我を忘れていました」

 しかし、右腕がベンチ裏に下がった後、「鉄人・金本」はその二つ名の通りの凄みを見せつけた。ヘルメットが破壊したほどの衝撃を受け昏倒したのにも関わらず、約5分間の応急処置を受けると試合に復帰。しかも次の打席で通算399本目のホームランを放ったのだった。

「まず、フルイニング出場の世界記録へのチャレンジが継続されたことにホッとしました。ベンチ裏に下がった後、テレビでホームランを見て、あんなことがあったのに低めのフォークボールに踏み込んで打つ姿に衝撃を受けました。とんでもないバッターだな、って。一方で、当ててしまったショックは消えなくて、その日の夜は眠れなかったです」

NPBHUB.COM | The Fanbase of Nippon Baseball & Nippon Professional Baseball