プロ9年目を迎えた田中正義だが、自分自身は「プロ3年目」のような気持ちで投げているという。ケガに苦しんだ福岡ソフトバンクホークス時代をへて、北海道日本ハムファイターズでの3年間で大きく成長を遂げた。新庄剛志監督は田中にどんな“魔法”をかけたのだろうか? 「ホームランを打たれてこい」という監督の檄にこめられた意味とは。<全2回の後編/前編から読む>

いったい、田中正義に何があった?

 福岡ソフトバンクホークスで実力を発揮できなかった田中正義が北海道日本ハムファイターズに移籍して見違える姿を示すようになると、野球ファンは新庄剛志監督の手腕に注目するようになった。

 いったい、田中に何があったんだ? 

 新天地で実力を発揮できるようになった理由を田中はこう明かす。

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「それまでやってきたトレーニングや練習がようやく身になってきてくれました。ケガをせずに、通年パフォーマンスを出せる状態になったのが23年だったんです。精神的なものも大きかったですし、ずっとマウンドに上げさせてもらえていたことが僕のなかでは大きかった。どんどん試合に投げさせてもらえるなかでの危機感や充実感と体が丈夫になってきたところがうまくかみ合って、ファイターズ1年目から一軍で投げさせてもらえました」

 田中はファイターズの航海に欠かせないパーツになっていった。

 現代野球ではエース、4番打者、守護神が安定して戦うための三本柱である。そのなかでも、試合の最後に投げる守護神はその成否が勝敗を左右し、責任は重大である。

 帆船は甲板にそびえ立つマストが風をとらえ、推進力を増す。エースの伊藤大海がメインマストならば、田中は船尾に従うミズンマストだと言っていい。大船を操舵するうえで重要な役割を担っており、田中は着実に結果を重ねていった。

 23年は開幕2試合を無失点に抑えて好スタートを切った。はずみをつけたのが、4月26日のオリックス・バファローズ戦である。3点リードの9回表に登板すると、落差の鋭いフォークで2三振を奪うなど三者凡退に仕留めた。要した球数はわずか10球。圧巻のマウンドさばきでプロ初セーブをマークした。

窮地で聞く新庄監督の言葉

 田中はそれまでの日々を思い出したのだろう。初めて立つお立ち台では感極まって涙をこらえられなかった。

《7年かかったので。走馬灯じゃないですけど、長かったなと》(デイリースポーツ、23年4月26日)

 喜びは人を大きく前進させる。田中もまた、力に変え、自信をつけていった。

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