2003年に自由獲得枠で巨人に入団しプロ1年目に新人王を獲得した木佐貫洋さん。その後、トレードでオリックス、日本ハムと渡り歩き、波瀾万丈な野球人生を過ごした。現在はアマチュアスカウトとして未来の巨人戦士を発掘する木佐貫さんに、13年間のプロ野球生活と第二の人生を語ってもらった。〈全4回の第1回/つづきを読む〉
長身痩躯に黒縁の眼鏡。スーツ姿は、大手町のビジネス街によく馴染む。道行く人はおそらく、彼がかつてプロ野球選手だったとはすぐに気が付かないだろう。
「実はこれ、プロ1年目に上原(浩治)さんからいただいたスーツなんです」
木佐貫さんはその襟元を正して、すっと背筋を伸ばした。
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「10勝目を前になかなか勝てず足踏みしている時に、上原さんが『木佐貫、二桁勝ったらスーツ買ってやるぞ』って。何とか10勝できたら『じゃあ買いに行くぞ』って本当にプレゼントしてくださった」
やはり身につけていた紫色のネクタイは、2015年に現役引退した際、挨拶に訪れた母校・亜細亜大学の野球部員がお金を出し合ってプレゼントしてくれたものだという。
「次の仕事ではきっとネクタイを使うだろうから、って。グラウンドでフレフレッ! と部員全員が僕にエールを送ってくれた。だから今でもドラフト会議や担当選手の仮契約など、気合を入れるここ一番の晴れ舞台には、このスーツとネクタイをセットで身につけているんです」
礼儀正しく几帳面。律儀なその性格が、22年前から大切に着続けているそのスーツ姿に表れているようだった。
清原、桑田…周りはスター選手ばかり
木佐貫さんは2003年に自由獲得枠で巨人に入団した。原辰徳監督率いる当時のチームは、清原和博、桑田真澄をはじめ、工藤公康、上原浩治、高橋由伸、阿部慎之助ら大物揃い。右を向いても左を向いてもテレビで見ていたスター選手という状況に、22歳の若者は興奮を隠せなかったという。
「僕は鹿児島(薩摩川内市)出身で、テレビではジャイアンツ戦が流れていたので、最初は単純に、そんな選手たちと同じユニフォームを着ていることに“わぁー!”、という感じでした。小さい頃は漫画で『かっとばせ! キヨハラくん』や『がんばれ! クワタくん』を読んだりしていましたからね。
1月の自主トレの時に、ニューヨークに行く前の松井秀喜さんがジャイアンツ球場の室内練習場に来られたことがあって、新人代表でご挨拶したんです。松井さんに『あ、木佐貫くんだよね。知ってるよ』と声をかけてもらって、もうびっくりするやら嬉しいやら……」

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