30年以上の伝統を誇る読売巨人軍の公式マスコットガール「ヴィーナス」。加入4年目でダンスキャプテンを務める高坂咲舞(こうさかえま)さんが明かす、“じつは体育会系”な球団チアガールのリアルとは。「キラキラして踊ってるだけじゃない」「収入は……正直ちょっと厳しい」――チームとファンをつなぐ架け橋の“本当の仕事”に迫った。〈全2回の前編/つづきを読む〉
ファンを鼓舞し、野球観戦を盛り上げるチアガール。21名の精鋭が所属する「ヴィーナス」のパフォーマンスを支えるのが、加入4年目の今季からダンスキャプテンを務める高坂咲舞さんだ。
抜群のスキルと明るいキャラクターで抜群の人気を誇る高坂さんだが、チーム内での立ち位置は意外にも「ピリつかせる側」だという。単にきらびやかなだけではない、アスリート顔負けの努力に裏打ちされた“ヴィーナスの秘密”を明かしてくれた。
中日のお膝元から…なぜヴィーナスに?
――先日、ヴィーナスの公式Instagramに投稿されていたダンス動画を拝見しました。とてもカッコよかったです。
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高坂咲舞(以下、高坂) ありがとうございます!
――高坂さんはいわゆるチア的なものだけではなく、いろいろなジャンルのダンスを踊りこなしていますよね。これまでのダンス歴を教えていただけますか。
高坂 3歳でチアダンスを習い始めました。最初の3カ月は棒立ちで動かなかったらしいんですけど、のちに開花して(笑)。そこからヒップホップを学んで、ちょっと大人になってから歌詞に合わせるジャズダンスにすごく惹かれて、得意分野になっていった感じです。高校はいろんな授業を選択できる形だったので、週に5日、すべて違うジャンルのダンスの授業を入れていました。
――ご出身は岐阜県ということで、地域柄、中日ドラゴンズのファンが多かったのではないかと思うんですが。
高坂 スーパーに行ったら『燃えよドラゴンズ!』が常に流れているような環境でしたね。みんな無意識に口ずさんじゃう(笑)。私がダンスを習い始めたときの先生も、中日ドラゴンズのチアのOGだったんですよ。ただ、私自身が野球のルールを知るようになったのは20歳くらいでした。
――ヴィーナスに入る前はどんな活動をされていたんでしょうか。
高坂 地元でパフォーマンスをする場はFC岐阜さんだったり、アイシンさんのバスケチームだったり、野球とはあまり関わりがなかったですね。上京してダンサーとして活動していたときにコロナ禍が始まってしまって。レッスンも舞台も何もできない、でも「踊りたい! 踊れる仕事がしたい」って思っていた時に、屋外で踊れるBCリーグのオーディションを見つけたんです。最初は「野球だから」ではなく、条件的にたまたま野球に行き着いた感じでした。

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