2025年6月23日11時0分


















阪神大山悠輔(2017年3月11日撮影)


阪神大山悠輔(2017年3月11日撮影)


<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>


長嶋茂雄さんが旅立った。すべての野球人が改めて「私と長嶋さん」に思いを巡らせた、この3週間だったように思う。

記者は少年野球の大会で背番号3をもらった時に、チームメートの父親に「ナガシマだね。よかったね」と言われた記憶がある。すでに引退して十数年がたっていた。球界では西武の若き背番号3・清原和博さんが大活躍していたころ。野球に関わっていると、知らず知らずのうちに「3番と言えば長嶋さん」となる。同じような経験をした人は多いのでは。背番号に関する話だけでも、いかに特別な選手だったかが分かる

今の選手はどうなんだろう。実際にプロ野球の世界で「3」を背負う気持ちはどんなものか。阪神で入団時から3番をつけている大山悠輔内野手(30)に聞いてみたかった。

「球界的に見ても、すごく大きな番号ですよね。自分は、3番をつけて、サードをやっていた時期もありましたから、『そういう番号』というのはもちろん分かっています。この番号をつけて野球ができていることってすごく幸せなんだなと思っています」

大学時代から右打ちのスラッガーで、本職は三塁手。プロ入り後も三塁をメインで守り、4番も長く務めてきた。「4番三塁」が代名詞だったミスターに重なる部分が多いが、重圧は感じたことがないという。

「おこがましい。自分はそんな選手ではないですから」が理由。偉大すぎて、比較して何か感じることはない。最後に巨人監督をしていた01年シーズンが小学校1年生にあたり、その記憶がうっすらあるそうだ。偉大な足跡や功績はもちろん知っている。

この背番号をつけてグラウンドに立てることを「幸せ」と表現したが、実際にはもっと直接的な感情が先に立つ。「与えられた番号をしっかり自分のものにしたい、という思いですね。球団からもらった以上、しっかり頑張りたい。日本で、1桁番号はやっぱり意味があるじゃないですか。そこは強く感じています」。球団の顔にと期待され、若い番号を授かった責任は胸に刻んでいる。

巨人は8月16日に東京ドームで追悼試合を実施する。全員が背番号3をつけて戦う。相手は阪神だ。タテジマに1人だけ同じ番号を背負う男がいる。今までと違った形で「3」を意識する特別な1日になるのかもしれない。【柏原誠】




背番号3のユニホーム姿を披露した巨人監督時代の長嶋茂雄さん(2000年2月12日)


背番号3のユニホーム姿を披露した巨人監督時代の長嶋茂雄さん(2000年2月12日)






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