日本プロ野球の長い歴史の中で、ただ一人だけ50歳まで現役を続けた男がいる。1983年のドラフト会議で指名され、中日一筋のプロ生活を全うした山本昌だ。今年、ついに還暦を迎えるレジェンドにとって、30余年のプロ野球人生は果たしてどんなものだったのか。本人に話を聞いた。《NumberWebインタビュー全5回の1回目/つづきを読む》
かつて中日ドラゴンズで一時代を築いた山本昌はこの8月に60歳を迎える。
球界を代表する左腕として活躍し、通算219勝を挙げた大投手であっても、1年に1歳ずつ年輪を重ねていくのだから、当然のことなのだが、なぜか妙な錯覚にとらわれた。
赤いちゃんちゃんこを着る姿をまったく想像できない。いまもなお“つい先日まで”投げていた残像が消えず、まもなく還暦を迎えることにいささかの違和感を禁じ得ないのだ。
最後の登板は…衝撃の50歳1カ月!
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無理もない。最後の登板は2015年10月7日の広島戦。50歳1カ月と26日だった。
日本プロ野球で50歳代での登板、試合出場は史上初。1984年から32年間も投げつづけ、こんなに長くマウンドに立ちつづけた人はいないのだ。これが時空を歪ませている原因だろう。
あれから10年が経った。
いま、中日の試合を中心とした野球評論家として活動する山本昌に「50歳現役」の軌跡を訊くため、昼下がりの名古屋を訪れた。整然とした街を一望できるカフェラウンジの席につくとメニュー表をみながら「じゃあ、ケーキセットをいただこうかな」と言って、インタビューがはじまった。
いろんな話を聞いているうちに、ふと、真顔のまま突拍子もないことを言った。
「もしかしたら、ラジコンは50歳まで現役をつづけるのに役立ったかもしれません」

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