1990年代前半、グラビアアイドルや歌手、タレントとして活躍した緒方かな子(当時・中條かな子)。23歳で芸能界引退、プロ野球選手と結婚、のちに夫は広島カープ3連覇の名将に……その激動の半生をNumberWebのロングインタビューで語った。第4回は「カープ3連覇の名将…壮絶だった監督時代」。【全4回の4回目/第1回から読む】
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――2016~18年までカープ3連覇。監督を5年務めたことになりますが、緒方孝市さんは相当身を削っていたと。
緒方かな子(以下、緒方) 今だから言えるんですけど、「この生活を続けていたら主人は死ぬだろうな」。そう思っていました。プロ野球監督ってここまで多忙なの……?と。
選手より激務…プロ野球監督の1日
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――選手時代よりも激務ですか。
緒方 はい、間違いなくそう思います。たとえば試合があった日、23時に帰宅したとします。そのあと夜ご飯を7分くらいで食べて、お風呂に入ってから部屋に籠もるんです。その日の試合の反省、カープ全選手の状態、12球団のデータ、次の対戦相手の研究まで。明け方4時、5時まで部屋の電気がついていることも珍しくなかった。で、9時頃に起きたらすぐ球場へ。いつ寝てるんだろうと、心配で……。
――タバコ、コーヒーの摂取も相当量だったと記事で読んだことがあります。
緒方 はい、いつも灰皿は山積みでした。だからこそ、わたしも全力でサポートできたのだと思います。主人の仕事にかける姿勢。それは鬼気迫るものがありました。“野球の人”として、心から尊敬できました。子育てはいっさい手伝わなかったけど……そこまで身を削っていたら仕方ないですよね。これだけ野球に打ち込んだうえに家のことまでやっていたら、この人絶対に病んでしまうなって。ただ主人なりに、監督時代も家族に対する気遣いはありました。先ほど明け方まで部屋に籠もるって言いましたけど、いつも少しだけドアが開いてたんです。「皆さん、何かあれば声かけてください」って感じで。
――そうして3連覇に導いた。
緒方 壮絶な姿を見ていましたから。嬉しさよりもホッとしたのが一番でした。あれだけやったんだから、と。
優勝直後、緒方孝市の様子
――さすがの孝市さんも、優勝したときは家で上機嫌でしたか。

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